2024年2月28日水曜日

BJEP バングラデシュー日本 国際交流プロジェクト2023 振り返り(上智大学文学部フランス文学科4年 関根ゆり子)

 <はじめに>

  私は一般社団法人アジア教育交流研究機構(以下AAEE)とSwitch Bangladesh Foundation (以下 Switch) の合同プログラム、「BJEP2023」に参加した。この報告書では、プログラムへの参加経緯とプログラムを通して学んだことを記す。


<参加経緯>

 2023年秋、ある日関先生が「バングラデシュに行きたい人いませんか」とSNSで呟いていた。その瞬間に私はバングラデシュ渡航を決意した。なぜなら、コロナ禍真っ只中の2020年夏にAAEEの学生アシスタントとして活動していた私は、当時危険レベルが高く渡航できなかったバングラデシュとの初国際交流オンラインプログラム”BJEP”を企画し、それをきっかけにいつか絶対バングラデシュに行こうと心に決めていたからだ。

本プログラムには、以下の3つの目的を胸に参加した。

①   バングラデシュの魅力と課題を見つける 

②   宗教に基づいた社会、人々の暮らしを感じる

③   将来、国際交流・国際協力・教育で何をしたいかを考えるための経験を得る

 私はバングラデシュについてほぼ無知だったため(BJEPを企画運営したが、当時は運営することに必死で内容に注目する余裕がなかった)、あえて何も調べず、国の良さと課題、そして私にとって人生初となるイスラム圏国家を五感で感じようと考えた。そして、高校1年時から教育と国際的な活動に関心を持ち、現在まで幅広く学んできた私は、具体的に何をしたいのか分からない状態だった。そこで、今回のプログラムを将来やりたいことを再考する糧にしようと考えたのだ。

 実際プログラムに参加すると、この3つを交差させながら感じたこと/学んだことが多かったため、「①バングラデシュの魅力と課題を見つける」を基にまとめて記そうと思う。

 

<学び>

 私にとってのバングラデシュの一番の魅力は、「人々が常に全てにベストを尽くしていること」だ。9万人の受験者から200名弱しか受からない大学受験に優秀な成績で合格した人、家族に進学を反対され涙しながらもどうにか大学院まで進学し、海外で勉強するという夢をもうすぐ叶えそうな人、常に国の発展を考えて何種もの業界を経験している人など、私には到底できないほどの努力をして、苦労や挑戦を乗り越えてきた人たちだった。そして、彼らは大きなライフイベントだけでなく、いつでも何にでも全力である。例えば、1日がかりの遠足の最後に1人一役を演じるゲームを本気で行ったり(約40名の全ての演技を皆で最後まで盛り上げた)、空き時間にAAEEとSwitch!で新しい事ができるか相談したり、はたまた遠足から帰宅後、クリスマスパーティーを行うために、18時から6時間買い出しと準備に時間を費やし、明け方までパーティーを楽しんだりした。このようにどの瞬間でもベストを尽くし、自ら人生に彩を与えながら常に何かを得ようとしている彼らの姿に感銘を受けた。

 それと同時に、私も彼らと一緒にひとときも欠かさず全力で10日間のプログラムに取り組んでいると自覚した時、いつからか物事に優先順位をつけて調節していた自分は、本当は得られたものや機会を逃していたのかもしれないと感じた。そして、あるメンバーは、ある日私に「アッラー(神様)は自分に役割を与えてくださっている。僕は夢を大きく持ちながらも自分の役割を全力でこなし、あとは結果を待つだけだ」と教えてくれた。その時、私は彼らが常にベストを尽くせる理由がなんとなく分かった気がした。彼らの人生の土台にはイスラム教の教えがあり、それを強く信じている。だからこそ、人間の弱い部分にも負けない精神力があるのだ。私は特定の宗教を信仰していないため、目には見えない絶対的なものを信じ、果敢に行動できる彼らの強さが羨ましかった。そして、今後はより多くの学びと何か良い機会を得られると信じ、全ての出来事を大切にして、全力で行動しようと心に決めた。



 本プログラムでバングラデシュの、あるいは国際的な課題の中で最も衝撃的だったのは、最終日に訪問したスラムでのことだ。スラムを訪問している間は、ショックで涙が込み上げてきた。目の前に広がる光景を受け入れることができなかったのだ。女性がゴミの山からポリ袋を集めているのを見ながら、この現実はただ彼らが恵まれなかったのではなく、私が引き起こしている問題であるということを考えていた。

 日本に住む私たちの中には、ゴミの分別を行うことで環境に良いことをしていると思っている人も多い。しかし、プラスチックゴミの半分以上は燃されて熱回収され、廃プラスチック輸出量は世界2位である。輸出されたプラスチックの行方はほとんどの人が気にしない(私もこの現実を目の当たりにするまでその1人だった)。私はこの問題の加担者であるにも関わらず、そこに数分しかいない訪問者としてスラムを見学し、そこに住む子供と写真を撮り、何もできないままその場を後にした。無力感がすごかった。バングラデシュメンバーが色々説明してくれて、私に意見を求めてきたが、私は涙を流さないことに必死で何も答えられなかった。環境問題というとスケールが大きく漠然とした印象があったが、今後は自分の行動が具体的にどのように社会に影響をもたらすのかを学び、意識しながら生活してゆきたい。

 また、他にもスラム街にある学校を訪れ生徒と交流したり、その後そこに住む人々のお話を聞かせていただいたりした。その中で常に感じていたのは、とても恵まれた環境で育ちながらこの現実を目にする機会を得た自分だからこそ、彼らのために何かすべきだということだ。自分で描いた絵をキラキラした笑顔で見せてくれた子ども達や、私と同じ23歳で3人の子供を育てる女性、教育や政治にしっかり意見を持つ女性など、皆同じ人間としての価値と権利がある彼らは、現在トタン屋根で作られた毎年洪水で浸水する家で、夏は40度を超える中、1つのベットの上で家族全員で寝食を共にしている。彼らのような人々(スラムに住む人だけでなく中間層の人々もこのような生活をしている)の人権を守る十分な社会的サポートと、今回目の当たりにした現実を引き起こしている世界中一人一人の意識改革の必要性を強く感じた。




  私はこのような課題を解決するためにも教育は大切だと考えていた。途上国の教育現場を見るために本プログラムに参加したわけだが、このようにスラム街などを訪れる中で、教育の重要性を改めて感じた反面、複数の課題が複雑に交差しているのを目にした。そして、「教育を量・質ともに向上させたところでこの国に根深く残る問題は解決するのか?」と何度か疑問に思った。しかし、Faysalさんの「人、社会、国創りの全ての始まりは教育だ。」という言葉から始まった彼の教育に対する熱い思いを聞いて思い直すことができた。すぐに結果が見えなくても、彼のように教育に情熱を注ぎたいと思った。

  あと2ヶ月と少しで日本で社会人として働き始めるが、今回の想いを忘れずに将来は教育分野での国際協力、また、国際交流という2方面に携わりたい。この想いを忘れないための方法も、今回彼らから学んだ。それは、躊躇せず相手に連絡を取り、人との関係を大切にすること、そして、定期的に現場に足を運び現場の情報を得続けることだ。今回出会った彼らとの関係を大切にし、国際協力と国際交流の現場に足を運ぶ事を継続し、具体的にどのように関わってゆくか考えてゆこうと思う。




2024年2月6日火曜日

BJEP バングラデシュー日本 国際交流プロジェクト2023 振り返り (東京大学大学院修士課程1年 ラフマン ヌール瑠美花)

<はじめに>

 私は20231223日〜1230日の8日間に渡って開催されたバングラデシュ・日本国際交流プログラム(BJEP2023)に参加しました。この報告書では、プログラムに参加することになったきっかけ、プログラムの内容、プログラムを通して学んだことについて書きたいと思います。

 

<BJEPに参加することになったきっかけ>

 私はプログラムに参加を決めた日のことは忘れもしません。2023109日、大学から帰宅し、家で自習をしていた私のもとに妹から着信がありました。電話に出ると「お姉ちゃんバングラデシュ行かない?大学の先生(関先生)がバングラデシュに一緒に行く人を探しているけど、お姉ちゃん行きたがっていたよね?私も行きたいけど、お姉ちゃん行かない?」と言われました。妹が私に連絡してきたことには理由がありました。私は大学で4年間バングラデシュの国語であるベンガル語を専攻していたのですが、コロナ禍と学生生活が被り、現地に渡航出来ずに学部を卒業してしまっていました。妹はそのことを知っていたので、すぐに情報を伝えてくれたのです。その場にいた母は「こんないい機会ないよ、良かったね」と。しばらくして家に帰ってきた妹からも「お姉ちゃん絶対行きなよ」と。そこからは話が早く展開していきました。その日のうちに妹が関先生に連絡を取り、翌日には関先生と私がつながり、渡航の意思を伝え、航空券を予約しました。妹は残念ながら渡航時期に日本で外せない用事があり、今回の渡航は叶いませんでしたが、妹のおかげでBJEP2023への参加が決まったのです。この頃はバングラデシュで何をするのか全く分かっていませんでしたが、とにかく自分が学んできた言語が話されている国に行ってみたいという気持ちが強く、航空券を予約したその瞬間から12月が待ち切れないほど楽しみになっていました。

 

<プログラムについて>

 今回参加したプログラムは、AAEESwitch Bangladesh Foundation(以下Switch)の共同企画によって開催されました。Switchとは、バングラデシュにおいて貧困が親から子へと続くサイクルを断ち切ることを目標とし、質の高い教育を子どもたちに無償で提供しているNGOのことです。教育の他、衣類や教材等を寄付によって集め、生活に困っている人々に低価格で販売したり、不要になった衣類をリサイクルし新しい製品を生産したりするなど、様々な社会課題に対する取り組みを行っています。今回のプログラムではバングラデシュにおけるAAEE関係者、Switch関係者、そしてSwitch Schoolに通う子どもたちと多くの時間をともに過ごしました。8日間のプログラムと9日間の滞在を通して主に以下のような活動に取り組みました。

 

DAY1

初日はSwitch schoolに通う子どもたちと学校の近くの広場に落ちているゴミを拾う清掃活動からスタートしました。その後Switch schoolに移動し、先生やボランティアの方、子どもたちと共にプログラムの開催を祝いました。先生、我々からの自己紹介、Switchのこれまでの取り組みに関する紹介、子どもたちの学習成果の発表などを聞き、その後Switchの授業風景を見学し、最後に全体で写真撮影をしました。初日のプログラムを終えた後は、翌日に開催される催しの準備を行うため夕方には帰宅しました。

 

DAY2

 2日目には、バングラデシュと日本の文化交流会が行われました。学校の近くにある広場にSwitchの関係者、子どもたちが集まり、子どもたちによる英語やベンガル語での詩の朗読、歌や踊りのパフォーマンス、劇、ファッションショーなどが行われました。我々日本チームはソーラン節や土壌すくいを踊ったり、「花は咲く」を歌ったりしました。最後に子どもたちと一緒に東京音頭を踊り、お互いの文化を一緒に楽しみました。

 

DAY3

 3日目は、午前中に学校近くの船乗り場から10分ほどかけて場所を移動し、約60人の子どもたちと一緒に野外学習を行いました。子どもたちと森林の多い場所と少ない場所に移動し、森林の働きについて暑さの感じ方の違いを実際に経験することを通して学びました。野外学習の終わりには日本チームによる30分程度の授業を行いました。参加型の授業ということで、日本に来た時に必要となる簡単なフレーズを教えたり、ジャンケン大会を行ったりしました。

 

DAY4

 4日目は、Switchの先生やボランティアの方、上級生の子どもたちと一緒にピクニックを通した文化交流を行いました。学校近くの船乗り場から2時間ほどかけて移動した場所を先生と一緒に散策し、午後は皆でバーベキューを楽しみました。

 

DAY5

 5日目は、午前中にSwitch schoolを訪れ、子どもたちによって作られた科学展を鑑賞しました。低学年から高学年までの子どもたちが2~4人で1グループとなり、社会に存在する様々な問題に対する解決策を考え、作り上げたシステムについて発表をしてくれました。子どもたちの発表を聞いた後、BJEP国際交流プログラムに長年携わられているMahboob Hossain教授に挨拶するためBRAC大学に移動しました。

 

DAY6

 6日目は、Switchの創設者やSwitchAAEEの活動に関わっているバングラデシュのメンバーにダカ大学を案内してもらいました。教授と少しお話をする機会を頂き、ご挨拶をさせて頂きました。

 

DAY7

 7日目はバザールに参加しました。ここではSwitchに寄付された衣類等を低価格で販売するお手伝いをしました。誰かにとっては必要なくなったものを、必要としている人々の手に渡すことにより、廃棄物として捨てるのではなく、新たな資源として活用できる仕組みを作っている現場では、年代問わず多くの人が商品を手に取り、購入していました。

 

DAY8

 8日目はプログラムの最終日として、まずはSwitchの今後の活動促進のために必要なことについて話し合うための会議に参加しました。NGOとして活動する上で必要となる資金を確保するために何を行うことが大事なのかということについて関先生を筆頭に考えました。会議後はプログラムの成功を祝いPitha Festivalを開催しました。”Pitha Festival”とはバングラデシュで冬の時期に行われるお祭りのようなもので、“Pitha”を用いたパンケーキや餃子のような料理を各々が作り、それを持ち寄りみんなで食べながら楽しむ時間を意味します。我々は日本で親しまれているおにぎりと味噌汁を振舞いました。

 

DAY9

滞在最終日は、スラム街を訪問しました。スラム街にあるSwitch schoolを訪問し、そこで勉強をしている子どもたちと交流しました。その後、普段訪れていた学校に戻り、先生や子どもたちと最後の挨拶を交わしました。帰宅し荷造りをした後、我々の滞在を常に支えてくれたメンバーへ感謝の意を表し、日本へ帰国しました。

 

<プログラムを通して学んだこと>

 この報告書の最初で述べたように、私は単純な理由から、バングラデシュを訪れることを決め、このプログラムに参加しました。今回のプログラムはAAEESwitchの共同企画でしたが、関先生に出会うまで、AAEEの活動やその意義について何も知りませんでした。したがって、渡航を決意した段階では、現地で何をするのか、どんな活動を行うのか全く見当がつきませんでした。渡航前には、バングラデシュのメンバーが企画したプログラムの詳細を共有するミーティングがあり、そのミーティングを通じて、滞在期間中の活動内容は理解できましたが、自身の学びの目的や日々の過ごし方についての目標はまだ持っていませんでした。正直に言いますと、「何を学びたいのか」という問いに対して、しばらく考えましたが、明確な答えを見つけられず、そのまま渡航日となりました。

 実は、今回参加した日本チームのメンバーは、私以外、以前の活動でバングラデシュチームのメンバーと交流がありました。私は彼らと全く交流がなかったので、「どんな人たちと活動するのだろう」という疑問がありました。そこで、渡航日の成田空港で、関先生に質問してみると、「彼らはすごいよ、頑張って生きている人たちだよ」という答えが返ってきました。その時私は、「頑張って生きている」の意味がなんとなく分かるようで分からなかったのですが、いざバングラデシュに足を踏み入れ、彼らと話をしたり、これまでの人生や将来の夢を聞いたりしながら交流しているうちに、関先生の言っていることの意味が自分の中で理解できるようになりました。

 まず一つ、私が一番心に残った学びは彼らのタフな精神力です。私は義務教育課程を修了した後、高校、大学、そして大学院へ進学することへの選択肢を両親から与えてもらえていました。非常に恵まれた環境で育ってきたと思います。しかし、恵まれた環境であるが故にそのありがたみを十分に理解せず、時間を有効活用できない時期を過ごしてしまったことがありました。また、よく人と自分を比較し、落ち込んでしまうこともありました。しかし、バングラデシュチームのメンバーの話を聞いていると、しっかりと前を向いて挑戦することの素晴らしさに気付くようになりました。彼らの、どんなに辛い状況でも、難しい状況でも出来るまで挑戦するその精神力の強さには全く敵わないと感じましたが、彼らの話一つ一つは私にその大切さを教えてくれました。自分が何をしたいのか、どんな目標を持っているのか、他人と比較せず自分自身と向き合い行動していくことの重要性に気付かせてもらいました。

 次に、9日間を通し、時間の使い方について新たな視点を得ることができました。私は一つのことに集中すると、そのことをこなすことに必死になってそれ以外のことを考えたり、楽しんだりする余裕が持てなくなることがあります。その背景にある考え方は「まずはこれを終わらせるべき」というような優先順位が自分の中にあるからです。また、将来についても、ある「型」にはめて考えることが多いです。これも、「こうするのが当たり前/こうであるべき」というような固定観念が自分の中にあるからだと思います。しかしながら、彼らとの交流からは、忙しさの中でも周囲とのつながりを楽しむことの重要性を感じました。「時間に追われていると思わない、一つ一つ、その瞬間を楽しもう」、そのような様子が伝わってきました。もちろん、優先順位を設けて様々なことをこなすことは非常に重要ですが、それを理由に人とのつながりや得られるかもしれない経験を逃すことは惜しいことだと感じました。

 このような気付きは、このプログラムに参加しなければ今の時期に得られなかったことだと思います。新たな価値観や考え方を教えてもらうことができました。渡航前、何を学びたいのか、答えが出ないままの参加となりましたが、現地に行き、直接交流し、はじめて気付くことは想像以上に多かったように思います。今後も自分の中に新しい気付きを得るために、このような機会に積極的に関わりたいと思うようになりました。

 

最後に、今回のBJEP2023への参加の機会を与えて下さった関先生、滞在をサポートして下さった皆様、ありがとうございました!

VJEP 2023 報告書 「10日間の学びと交流の記録」 (東京大学工学部システム創成学科知能社会システムコース3年 北美月)


VJEP2023のプログラムで過ごした10日間は、当初予想していたよりも大変なものだったが、その分当初の予想を上回る成果を得られたと確信している。ベトナム人メンバー9人、日本人メンバー7人とベトナム文化の中で10日間過ごしたことによって、ベトナムや国際交流、そして日本についての理解をより深めることができた。楽しくて笑いが止まらなかったことも、疲れてあと何日この生活が続くのか指折り数えたこともあったが、振り返ってみると、このプログラムはこれからの人生に生きる貴重な体験だったと思う。


プログラムが始まる前、ベトナムは社会主義国家であるため、国の統制が厳しく、住んでいる人もとても真面目で厳格であるというイメージを持っていた。さらに、「発展途上」なイメージが強く、日本と比較すると産業だけでなく教育も遅れているのではないかと勝手に想像していた。このイメージは半分当たっており、半分間違っていた。まず、当たっていたことは、統制がとれており、ルールや権力に従順であるということ。決められたことや、目上の人の言うことは絶対であると言うふうに考えていることがベトナム人参加者から感じられた。スケジュールが追加され、当初のスケジュールからさらに忙しくなったスケジュールを共有された際も決定には従順で、忙しい中、文句をいうことなくそれぞれの活動に真面目に取り組んでいた。日本人も真面目で従順な国民性を持つと言われるが、このプログラム中では、個人的にベトナム人の方がその度合いが上であるように思われた。準備時間が少ない中プレゼンをしなければならなかった時や、具体的な指示を出されずにビジネスプランを発表させられた時に現地の大学の先生たちからどれだけ理不尽なコメントをもらっても、反抗的な態度や言動を見せることなくまずは受け入れようとする姿勢がそう思わせた。小さい頃から逆らわないように教育を受けてきたのか、そもそも真面目な人たちがこのプログラムに参加したのかは定かではないものの、明らかに私とは考えが異なっていたことに驚かされた。次に、間違っていたことは、厳格さと教育の遅れについてだった。厳格さに関しては、確かにとても真面目な面もある一方で、プログラム外の普段の生活ではとてもフレンドリーな人が多く、エネルギーに溢れていた印象を受けた。特に感じたのは、ボランティア精神の高さで、人のために何かをしてあげたい、人を喜ばせたいという気持ちが伝わってくる場面が多かった。食事の際にはご飯やおかずをお茶碗にもってくれたり、聞かれなくても進んで積極的にベトナム文化について説明してくれたり、部屋でもシャワーを先に入らせてくれ、寝る時間も合わせてくれるなどたくさん気を遣ってくれたりと数えればキリがないほど行動に優しさが溢れていた。開催側としてのもてなしの精神からなのか、とにかく他人への気遣いに深く感動した。さらに、教育に関しては、参加者の英語力の高さに驚かされた。大学によっては全ての授業を英語で行なっているところもあるようだった。自分の大学、特に工学系専攻では言語の授業は大学に入って一年しか必修ではなかったことを考えると、日本の教育機関の英語に対する意識の低さを痛感する場面だった。

今回のプログラム中では、循環型経済実現に向けた社会に対するアクションをグループごとに考える機会があった。案を考える段階では、ベトナム人3人に対して日本人1人の班でディスカッションを行った。これが想像以上に大変だった。環境問題という広く難しいテーマを英語で話し合わなければならない上に、議論の進め方が日本のものと全く異なっていたからだ。これまで経験してきた日本人同士、または日本人が過半数を占める話し合いの場合は、もし意見が割れてしまった時はそれぞれの折衷案を新しく作る、どちらか一方が折れる、というような形でどんどん前に進んで、限られた時間の中で案をより良くする方向で時間を割くことができていた。しかし、今回の話し合いの中では、案自体はすんなり決まったものの発表準備の段階でモデルをどのように描くのが良いかで揉め、プレゼン資料をどうやって綺麗にするかで揉め、意見の対立が起きることが多く、お互いに折れないので本質以外のところでかなりの時間を費やしてしまったという印象がある。初めは日本との違いが興味深く、黙って楽しくみていたのだが、段々と最終発表の時間が迫るにつれて余裕がなくなっていった。人が話終わるまで聞くのは礼儀であると教えられてきたので、人の話の途中で遮って話し始めるのはタブーであり、自分がされてもいい気はしないので人にはしないように気をつけている。しかし、こういう国際的な話し合いの場面では、人が話終わるまで律儀に聞いている必要はなく、遮られた相手もそれほど気にしていないので、チーム全体のことを考えるとむしろ迷わず口を挟むのが正解であると学んだ。実際に試してみて、その方が話し合いの中で存在感を示すことができ、自分の意見を話しやすい雰囲気を作ることに成功した。ただし、ここでは相手を納得させる必要があるので円滑かつ円満に文化の違う人間同士で協力し合うことは全員の理解度や人柄がかなり重要であると感じた。今後のためにも自分とは違う背景を持った人とさらに多く関わりあって、たくさんの意見に触れる経験が大切であると改めて思った。

プログラム中の活動はもちろんのこと、それ以外の日々の生活の中でも他の参加者から多くの刺激を受け、たくさんのことを学んだ。辛かったことや、腹が立ったことも含めて今後の国際交流の際に役立つ経験ができた10日間であったと思う。貴重な機会を設けてくれた先生方や、オーガナイザーの方々、一緒に頑張った15人のメンバーたちには言葉では表現できないほど感謝している。



「VJEP2023への参加で得たもの」(京都外国語大学 国際貢献学部3年 長島 悠花)

 今回のVJEP2023で、AAEEのプログラムに3回目の参加となった。過去2回のプログラムはオンラインでの開催であったが、今回はコロナウィルス流行後初となるオフラインでの開催となった。過去2回のオンラインのプログラムでも、質の高い異文化交流ができ、満足していたのだが、今回のプログラムでは、約2週間常にベトナムの空気に囲まれ、文化に触れ、人と関わっていたため、非常に濃密なプログラムであったと思う。この報告書では、私自身の体験を踏まえ、異文化交流とテーマであったサーキュラーエコノミーへの取り組みという二つの観点から、今回のプログラムを振り返っていく。

 まず、異文化交流という観点から振り返ると、ベトナムは同じアジアの国とはいえ、自分が日頃身近に感じている文化との違いを所々で感じた。最も印象深いのは、個人差はあれど、ベトナムの学生たちの圧倒的なエネルギーである。寝る間を惜しんで、翌日現地の商業施設で披露する見せ物の練習を夜中に何度もしていたり、ナイトマーケットを楽しんでいたりする姿は今でも忘れられない。またどんなに疲れていても、バスの中でも常に話していたり、笑っていたりと賑やかな雰囲気は、日本に帰国してから恋しくなることが時々あるほど、印象に残っている。そのような経験から、ベトナム人に対し、「エネルギーに溢れ、何事も誰かと共に楽しむことを最優先する人たち」という印象を抱いた。一方で、文化で個人を一括りにはできないということも改めて実感した。ベトナム人も日本人も考え方はそれぞれの文化の影響を受けているとはいえ、一人一人の考えは異なっており、文化を学ぶことも大切だが、一人の人間として関わることも異文化交流をする中で必要不可欠だと改めて感じた。そして、常に異文化に囲まれた生活で、普段より多少ストレスを感じていた自分が試みたことは、置かれた環境において、自分をどうやったら楽しませることできるかをただただ考え、それに従って行動するということだ。他の参加者と一緒に何も考えずに盛り上がったり、笑ったりするのは、むしろ言葉が完璧に通じないからこそ実現できることでもあり、異文化交流に必要な過程のひとつなのではないかと感じた。そして、言語の壁に関しては、最終プロジェクトについて話し合う際に悩むことが最も多かった。当たり前のことかもしれないが、「相手に自分の伝えたいことを正確に理解してもらうこと」と「相手の伝えたいことを正確に理解すること」は、同じ言語を話していたとしても、ほぼ不可能である。プロジェクトに取り組む中で感じたことは、相手を理解しようとしたり、また相手に理解してもらおうしたりすることに努めることを放棄するのは、妥協することとは異なるのだということだ。せめてこれだけは伝えなければいけないと思うことは、諦めずに丁寧に伝えることと、その姿勢を見せることが大事なのだと改めて感じた。


 次に、「サーキュラーエコノミー」というテーマへの取り組みという観点からも多くのことを学んだと思う。例えば、ベトナムの地理的特性や産業構造を生かしたVACモデルや企業による太陽光パネルの活用法などの興味深い例を学んだ。しかしながら、実際の街中でゴミが散乱していたり、普段の飲み物に大量のペットボトルが使われていたり、ゴミの分別が行われていなかったりと、市民レベルでの環境問題への取り組みとの間には依然差が生じていることを目の当たりにした。理論やモデルを学ぶだけではなく、現地で実際に社会問題を目にしたことにより、環境問題への取り組み方やその特徴が日本・ベトナムそれぞれの国で異なることに気づけた。そうしたことを踏まえ、最終プロジェクトとして、私たちのグループは、日本のもったいない精神を取り入れた、ゼロウェイストのコーヒーショップというビジネスモデルを考案した。この過程では、サーキュラーエコノミーという概念を正しく理解した上で、いかにオリジナリティを出しつつ、実現可能性の高いモデルを考えるかということに非常に苦戦した。しかし、グループで発表を無事に終えた時の達成感は、多くの困難を乗り越えたからこそ、私にとって格別なものだった。


 最後に、今回のプログラムでは多くの困難に見舞われつつも、多くのことを得られたと思う。机上で学ぶだけではなく、実際に自分の目で見て、体験するのに勝るものはないのだと再認識した。今回のプログラムの成功にご尽力いただいた、関先生、野澤葉奈さん、An先生、Minh Quyênさんには心から感謝申し上げたい。