2017年4月4日火曜日

ネパール Mero Sathi Project 2017 報告書 (2)  望月千里 (筑波大学1年・参加当時)  「考え、学ぶことの重要性」

「考え、学ぶことの重要性」

望月千里(筑波大学1年)

 きっかけは偶然だった。大学入学当初の私は、まさか自分が発展途上国と呼ばれる国、「ネパール」の地に足を踏み入れる日が来るとは思いもしなかっただろう。今、2週間のMero Sathi Projectを無事終了し、日本に帰国した私の心の中には様々な想いが立ち込めている。この報告書では私がネパールでの2週間を通して学んだことや心境の変化について述べていく。
 準備段階での一番の懸念材料は、日本人メンバーで女子が私ひとりであったということだ。出発前までは昨年ネパールに渡航された先輩や、大学内にいるネパール人留学生からアドバイスや注意すべき点を聞くことができたものの、日本を出発してからは自分1人で様々な壁を乗り越えなければならない、というプレッシャーと不安を感じていた。しかし、それらの感情は現地に着いてからさっぱりと私の心から消え去っていた。確実に言えることは、私を周りから支えてくれた日本人メンバー、そしてネパール到着後から帰国するまで暖かく私を迎え入れてくれたネパール人メンバーに助けられたからである。私は、今回のプロジェクトはこの人々の暖かさに助けられたおかげで成功したと言えるくらい、言語の壁を乗り越えた人との心のつながりが重要なものであったと感じる。
 この2週間の経験を経て、私は大きく2つのことを学んだ。
 まず、国際協力という言葉の重みについてだ。私は今まで日本で何不自由なく平和な生活を送ってきた。その一方で世界では貧困や紛争、人権搾取などで日々の生活を苦しめられている人がいる。いつからか私はこの現状にもどかしさを感じていた。今回、シクレス村に数日間滞在し、村の人たちへのインタビューを行うことで、「国際協力」という言葉自体に疑問を感じるようになった。村の人々に話を聞くことで村の実情を理解することは簡単だが、果たして自分たちに何ができるのかを考えたときに、私の頭には何も浮かばなかった。ネパールに色濃く根付いているカースト制度。それを根本から変えることは私たちのような外部から来た人間には不可能に近い。また、シクレスのような都市から離れている場所で、村の住人たち何かを始めることも簡単ではない。そう考えたときに、先進国である日本から来た私が、直接この国に何らかの形で支援をしようなどと考えること自体、あまりに安易な考え方であると気が付いた。
また、政府からの支援が本当に生活に困窮している人の手に届かないという実態を知ったときに、支援とは何なのか、誰のために行っているのか、果たしてそれが本当に必要なことなのか、様々な想いが頭をよぎった。このインタビューを通して、現地の人々の声に耳を傾けることは必ずしも解決策を導くものではなく、私にとってそれは現地に介入することをより慎重にさせるものとなったのだ。しかし、そういった答えの見えない問題について現地の学生と頭を悩ませ、議論する機会が与えられたことは非常に貴重な経験だと感じている。日本とネパールという違った視点からある問題について共に考えることで、現地の人だからこそ浮かんでくるアイディアや、逆に客観的にネパールを見ることのできる私たちだからこそ見えてくる新たな課題などを共有することができた。
 次に、Deaf organizationへの訪問だ。この活動は当初プロジェクトに含まれていなかったが、ネパールの社会事情について直接聞く良いきっかけとなった。Deaf organizationではAAEEのメンバー、そして通訳の方以外は耳が聞こえず話すこともできない。そのため、私たち日本人メンバーは現地の人とコミュニケーションをとる際に、ネパール語や手話を通訳してくれる人が欠かせなかった。今までこの通訳という立場を特別意識したことはなかったが、この時私は2回の通訳を経てやっと相手の言っていることが理解できる、というこのプロセスにもどかしさを感じた。もちろん、異国の地では誰かの手を借りなければ相手の伝えたいことを理解できないのは仕方がないことである。ただ、耳が不自由であること、ネパール人であること、というこのたった2つの差異がコミュニケーションをいかに複雑にしているのかを実感し、通訳の存在が今回のプロジェクトにおいていかに重要であるのかを再認識した。
 その一方で、同時にDeaf schoolに訪れたことで耳が聞こえなくとも、言葉を発せずとも心は通じ合えるのだということを学んだ。学校に着いた瞬間、興味津々に駆け寄ってくる子どもたち。普通の子どもたちと何ら変わりない様子で学校生活を送っていた。ただ、彼らは耳が不自由なだけなのだ。この学校へ訪れたことで私は耳が不自由なのは社会的に見ると一見大きな弊害のように感じるが、実際個人として関わるとそこまで大きな壁ではないのだと気が付いた。子どもたちのあふれんばかりの笑顔、異国の地から突然訪れた私たちをなんのためらいもなく受け入れてくれた暖かさ、耳の障害をもろともせずたくさんの質問を投げかけてくれたその姿勢。私がネパールで目にしたかったものとはこういうものであったに違いない。ここでの経験は、自分の今までの考え方を大きく変えてくれるものとなった。そしてDeaf schoolに訪問したことで、私たちが目を向けるべき対象は社会的弱者と呼ばれる人たちなのだと改めて気づかされた。今まで私は当たり前かのようにそれを認識しているつもりであったが、実際に社会で不自由な生活を送っている人々と触れ合うことで、本当の意味でこの大切さを理解できたような気がする。直接会い、話をすることで彼らの苦労や悩みを知り、それと共に彼らの団結力や困難な状況においても立ち上がる強さを目の当たりにした。
 今回、このプロジェクトに参加したことで得られた経験は、他の何にも変えることのできない貴重なものである。それを今後に生かすためには、学生の本望である自身の学びへ取り入れていく必要がある。答えのない問題に取り組み、頭を悩ませながら考えることで、その経験自体が今後自身の将来を決定するにあたり大きな影響を与えるものとなるかもしれない。
 そして最後に、今回プロジェクトに携わったすべての日本人、ネパール人に心からの感謝を伝えたい。

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