「ダッカディズニーランド」
帰りの空港へ向かう車の中で、関先生が仰ったこの言葉に、私は強く共感した。私が目にしたこの10日間は、一体何だったのだろうか。日本で生まれ育った私にとって、それはまさに「非日常」であり、異世界の夢物語のような時間だった。
貧困と教育をテーマにしたBJEP2025(Bangladesh-Japan Exchange Project)では、さまざまな学校や職場を訪問し、インタビュー調査を行った。その中で、豊かな暮らしを送る人々と、貧困に苦しむ人々の姿を目の当たりにし、社会に存在する大きな格差を実感した。中でも印象に残っているのは、小学生へのインタビューである。
Holy Penという私立のインターナショナルスクールでは、非常に恵まれた環境での学びがあった。ある男の子に「教育は大切だと思うか」と尋ねると、彼は迷うことなく “Of course” と即答した。先生方もまた、教育は人生を豊かにするために必要なものだと話していた。大学院に通いながら教壇に立つ先生や、大学院留学のためにIELTSの勉強をしている先生もおり、学びへの意欲の高さを強く感じた。そして、その意欲を実際に行動へと移せる環境が整っていることも印象的だった。
しかし、学びへの意欲は、決して恵まれた環境にいる子どもたちだけが持っているものではなかった。Switch Schoolという、今回のプログラムをオーガナイズし、共に活動してくださったSwitch Bangladesh Foundationが運営する学校には、比較的学費が抑えられており、貧困層の子どもたちも多く通っていた。また、NGO「BRAC」が運営するフリースクールでは、家庭の経済的理由から、1年前に初めて教育を受け始めたという5年生の生徒もいた。
これらの学校は、小さな教室に多くの生徒が集まっていたり、机や椅子がなく、薄い絨毯が敷かれただけの教室だったりと、決して恵まれた環境とは言えないかもしれない。それでも子どもたちは、「勉強できて嬉しい」「ここに通い始めて人生が変わった」と語り、学びに対する喜びや将来への期待に満ちていた。
さらに、正式な学校ではなく、シェルターで学ぶスラム街の子どもたちとも出会った。彼らはとてもまっすぐで輝いた目をしていた。“Are you happy?” と聞くと、皆が “Yes” と即答し、他者への感謝や尊敬、未来への希望をたくさん話してくれた。日本の私立大学に通う私は、その環境を思わず「可哀想」と捉えてしまう。しかし、そこで暮らす子どもたちは、その「日常」の中で、強く、そして純粋に生きていた。
バングラデシュでは、人々のあたたかいおもてなしにも何度も触れた。プログラム中、複数回家庭に招いていただき、その度に食事や飲み物を振る舞ってくださった。家庭訪問に限らず、インタビューで訪れた先々でも、私たちは温かく迎え入れられ、お茶や軽いスナックを用意していただくこともあった。異文化交流の一環として、お互いにパフォーマンスを披露し合う場面もあった。
外国人観光客がほとんどおらず、外国人に会ったことがない人も珍しくないバングラデシュで、日本という異国の地から来た私たちに興味を持ち、明るくもてなしてくれたことは、純粋に嬉しかった。「おもてなし」という概念は日本特有の文化だと思っていた。実際、日本のおもてなし文化は世界でも有名だろう。しかし、裕福とは言えない生活の中でも、人と人とのつながりを強く、大切にする文化が、そこには確かに存在していた。そしてそれが、彼らにとっての「当たり前の日常」だった。
私は、その社会の中に10日間、身を置いた。シャワーはお湯が出なかったり、ベッドは固かったり、食事のスパイスが口に合わないこともあった。それでも、辛くないよう配慮してくれたり、コーヒーやミルクティーを用意してくれたり、たくさん話しかけてくれたりと、現地の人々は常に私たちを気にかけてくれた。そんな社会・文化の中に没入したこの10日間は、3回目の海外渡航であった私にとって、間違いなく最も充実した経験だった。
そんな生活を終えて帰国し、自宅でのんびり過ごした大晦日。温かいシャワー、年越しそば、ふかふかな布団。「当たり前の日常」に戻ったとき、まだバングラデシュを離れて1日しか経っていないはずなのに、あの10日間が夢のように感じられた。本当に私はあの地へ行ったのだろうか。あの「日常」は現実だったのだろうか。言葉に表し難い、不思議な感情に苛まれた。
調査を通して身をもって感じた、途上国支援の重要性。そして、私にとっては過酷に思える環境が、誰かにとっては当たり前の日常であり、その中で人々が幸せに生きているという現実。それと同時に、日本での日常を当たり前のように過ごしてしまう自分。同じ空の下にあるはずなのに、まるで異世界の夢物語のように感じられた。
それでも、この経験を通して、自分の「日常」や自分自身をより深く知ることができた。AAEEが大切にしている理念である「交流する他者を跳ね返りにして自分を見つめ直し、自己を理解していくこと」とは、まさにこの経験そのものだったと思う。きっちりとスケジュールが組まれたプログラムではなく、曖昧さが残り、自分たちで作り上げていくプロセスがあったからこそ、この学びが得られたのだろう。
私は2025年、ディズニーランドのように、あるいはそれ以上に価値のある締めくくりを迎えた。


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