2024年11月1日金曜日

VJEP2024 報告書 「ベトナムでの学びを追いかけて」 (筑波大学 国際総合学類1年 小島莞子)

  今夏の渡越は私にとっては初めての海外経験ではなかったが、確実に他ではできない貴重な経験ができたと自信を持って言える。序盤は二週間の滞在期間が本当にいやらしいほど長く感じた。個人的に、プログラム開始4日目の夜に(おそらく食事のせいで)体調を崩したということもあって、このまま後10日間日本に帰ることもできず、思っていたよりも食事が合わないベトナムで過ごさなければならないと考えると気が遠くなった。ホームシックになったことはなかったし、海外にも慣れているのだ、という根拠のない自信を抱いていたのも追い打ちとなった。しかし、途中から体調不良と共存しながらもなんとかビンズオン省での小学校・ギフテッドの高校・チャリティークラスの訪問をやり通し、集大成である模擬国連を完遂し、最終日に空港では日本に帰りたくないとまで思えたベトナムでの二週間は波瀾万丈であったが自己成長につながる鍵となる経験でもあった。

 ベトナムは人も街もにぎやかで活動的で絶えず前進をしている、そんなイメージを持った。ベトナム人参加者の第一印象は、日本人メンバーがきっと口をそろえて言うと思うが、本当に明るくフレンドリーであることだ。彼女たちのいる空間は活気があり、いつも楽しそうに振る舞っているのを見るとこちらも自然と笑顔になる。ベトナムにいる間でかなりそのノリに慣れたので日本でも明るい盛り上げ係になろうかと思ったが、いざとなるとやはり難しい。加えて、彼女たちは必然的に自分を異なる視点から見てくれて思ったことは正直に伝えてくれた。私は無意識のうちに眉毛をしかめてしまう癖があることに気づかされたり、自分の表情や仕草について新鮮なコメントをもらえたりと、日本ではなかなかできない経験ができて面白かった。また、彼女たちと日常会話する中でお互いの文化や教育制度の違い、それぞれの国の社会問題について少しではあったが語り合うことができた。英語でのコミュニケーションはアクセントの違いがあって思った以上に苦労したが、このプロセスを通じて自国に対する自分の知識不足を痛感したり、当たり前だと思っていたことに対して「なぜ?」と聞かれると自分には意見がないことに気づかされたり、日本の話題についてベトナム人の視点を教えてもらったり、一瞬一瞬にたくさんの学びがあった。

 さて、二週間に渡る学術的な活動を通して、私は何を学んだのだろうか。帰国直前に日本人だけで振り返りをしたときに、私は14日間で何を得られて何を残せたのかが正直わからなくて内容のあることをほとんど話せなかった。確かに私たちは現地でビンズオン省の学校に赴いて異文化交流のための授業をしたり、エリート教育を受けてきた高校生と一緒にディベートをしたり、ホーチミンに戻ってからは模擬国連も行ったが、これらの活動が一体どのような意味を持つのかあまり理解できていなかった。これらは単発的な活動であって本プログラムのテーマであった「持続可能な開発のための教育」とは違うのではないかとも思っていた。もやもやした気持ちを解消するために、帰国してからもしばらくこのことについて考えを巡らせてみた。

 「持続可能な開発のための教育」を実現するにはどうすれば良いのか。少し話が飛躍してしまうが、現在私が考えていることは次の通りである。一人一人(もしくは数人グループ)の行動は、それ単体で見たときには意味がないほど微々たるものであるかもしれない。例えば、VJEP2024の活動ならば、ビンズオン省の富裕層の子供たちが通う小学校と生活が困難な家庭の子供たちが通うチャリティークラスでそれぞれ日本文化を紹介する授業を行ったことや、ギフテッドの高校で生徒たちと一緒にアカデミックなアクティビティをしたことが当てはまる。これらは一度きりの活動であって持続可能性を問いただされたら反論は難しいが、そこは問題ではないと私は思う。世界に大きな影響力をもたらすムーブメントは、もとをたどれば一人の人間の行動に行き着く。だから、一人一人の行動・意識は決して無意味ではない。自分一人で抱え込んでいてはせっかくの行動・意識はそこで途絶えてしまうけれど、それを他人と共有すれば課題意識は広がるし、ドミノ倒しとなって社会が大きく動くきっかけになる可能性を秘めている。重要なのは個々の小さな活動を共有すること、問題意識をたくさんの人に発信すること。互いに共有することで学べることは無限大だ。私たちに今求められているのは、活動自体の成果ではなく、その活動を通して学んだこと、考えたこと、疑問に思ったことをありのままに共有することではないだろうか。そう考えるから私は自分がベトナムで行った活動を報告会などの機会を通じてたくさんの人に知ってもらい、日本とベトナムの教育問題や価値観の違いなどを発信したい。これも教育の一つの形なのではないか、とも思う。

 VJEP2024で知り合いたくさんの時間をともに過ごした13人の仲間たちには様々な場面で助けられ、今後のモチベーションとなる刺激も山ほどもらった。両国の参加者がそれぞれ7人ずつで人数比がちょうど良く、様々なアクティビティを協力してこなしていったことで短期間でも私たちは確実に関係性を深められた。高校生の時の海外研修では国際交流の観点からは満足いく経験ができなくて、悔しい思いをした。だからこそ、VJEPで築けたベトナム人学生との国境を越えた友情と信頼、そして同じ日本にいると雖も普段はあまり会うことのない日本人メンバーたちとのかけがえのないつながりは私にとって格別で、これからも決して絶やしたくない。これほど中身の詰まった二週間は私の生涯の特別な宝物となる。

 最後になりますが、VJEP2024の企画・運営に携わっていただいた関先生、オーガナイザーの皆様、ともにプログラムを走り抜けた13人の参加者のみんな、このプログラムに参加する上で様々な面で支えてくれた家族には感謝の気持ちでいっぱいです。この夏ベトナムで得られた経験と学びをここで終わらせるのではなく、自分なりに分析して今後の人生の糧にしていけるよう頑張ります(きれい事ではなく)。今まで本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。



VJEP2024 報告書 「教育活動と交流を通して」 (筑波大学 国際総合学類2年 大山 陽)

   


 ベトナムで過ごした
14日間は、私にとって苦楽に満ちた濃い毎日であった。スケジュール通りにも思い通りにもいかないことばかりの連続で、オーガナイザーの方々や様々な教育機関、ベトナム政府等によって支えられ作られたプログラムであることを感じながら、時間やら周囲の人々やらに置いて行かれないよう必死だったことを覚えている。こうした多くの人々の尽力によって成り立ったこのプログラムにおいて、参加者として私が何を得てこれからどう活かそうと考えているのか書き記そうと思う。 

 まず私には、国際開発に携わるという人との関わりや語学力がなければ成立しないような夢があり、その夢が今の自分では到底叶えられないことを自覚していることと、その視野を広げるために参加を決めた。結論を述べると私という人間は渡航前と後で大して変わっていないのだが、本プログラムのテーマである教育とベトナム人との交流を通して得たことは間違いなく視野を広げてくれたと感じている。

プログラムのメイン活動であった小学校とボランティアクラスにおける授業を担当した私は、この体験から教育の重要性を考えた。最初に授業を行った小学校では、子ども達が皆エネルギッシュでこちらの質問に対して自信を持って回答し、授業終わりには私達にサインを求める等外からやって来た人間に積極的に関わろうとする姿勢が見てとれた。一方、小学校に比べ設備が不十分な環境で授業をしたボランティアクラスはとても静かだった。私達は小学校訪問時よりも近い距離で生徒達と交流をしたが、活発さや外から来た人間に対しての好意的に関心を持っている様子はあまり感じ取れなかったように思う。生徒が緊張しやすい環境であったにしても、同年代の子ども達の置かれた教育環境を比べた際の差というのは明らかで、幼少期に受ける教育とそれが子どもに与える影響について考えさせられた。環境が全てと言うつもりはないが、この二か所を比較した際、少なくとも自分の力では学ぶ場所を選択出来ない幼少期において受ける教育は質の高いものであるに越したことはないと感じた。どこにでも教育格差というのは存在していて、質の高い教育が必要であることは自明である。しかし、現場での授業を通し実際の状況や格差がどれだけ深刻で、ましてや今ある教育システムを改革しそれを持続させるなんてことがいかに困難なのかを思い知らされたのに加え、一回きりの授業が生徒にとっては思い出くらいにしかならないのかもしれないと考えると、テーマであった「持続可能な開発のための教育」に沿った活動をしたとは言えない。ただ、ここで他のアプローチをすることも今すぐ解決できるようなアクションを提案することも容易ではないと感じたし、結局は地道に改善策を探りながら教育の重要性を訴えていくことが不可欠であるという結論に至った。同時に、国際開発に関連する人間開発の面で、質の高い教育が重要であることと教育現場の改善にどうアプローチするのか等についての視野が広がった気がしていて、この体験は私に新たな発見と興味をもたらしてくれた。

 ここまでテーマに着目して話を進めてきたが、今度はベトナム人との交流について触れていきたい。彼らは一貫して活気に満ちた人達で、段々と距離を詰めたというよりも常にオープンマインドな姿勢に引っ張られるようにして仲を深めた印象がある。共に生活する中で、彼らが非常に広い視野を持ち好奇心を抱いていることと、与えられた場所で様々なことを学び吸収してやろうという気概を強く感じた。特に、最後に行った模擬国連は準備時間が少なく課題も複雑であったが、彼らは担当する国の政策や問題意識を深く学び、終始勢いを落とさずに遂行していたのだ。母語でも困難な議論を第二言語である英語を用いて積極的に自分の国の意見を主張する姿には本当に驚いたし、これからの国際社会を生き活躍するのに何が必要なのかを改めて認識できた。時に、日本人とベトナム人との間にある大きな価値観の差を目にしてそれを受け入れ難いと感じることもあり、異なるバックグラウンドを持つ人々との交流は常にポジティブなものとして捉えられるわけではなかった。しかし、受け入れられないと思うこともまた知らない自分の価値観を知ることに繋がっていて、違いを受け入れる必要があるように思いこんでいたがそうした違いを認めることに意識を傾けてみたいと思う。

プログラムでは、ここまで記してきたこと以上に新たな発見があり全てが貴重な経験であったとともに反省している部分も多くあり、活動を通して自己成長した気でいても日本というComfort Zoneにいながら内気な自分がいることは変わっていない。ただ、こうした活動の経験を伝えることや自分の意見を共有するにあたりこの14日間で得た学びと、そこから派生していく発見や物事の見方を念頭に置きながら今後の取り組みに繋げていきたいと考えている。

2024年10月31日木曜日

VJEP2024 報告書 「交流を通じた学びがもたらす新たな視点」岩切優空(上智大学文学部哲学科1年)

 

VJEP2024は、私にとって初めての海外であり、留学であり、異なる文化に属する他者と協働する経験であった。そのような私が初めてベトナム人参加者らに対して抱いた印象は、彼女らが非常にパワフルであるということであった。彼女らは、ダンスや歌が大好きで、たくさん写真を撮り、常に陽気で明るい子たちであった。またこのような性格的な面のみならず、学業や自分自身に対してもパワフルで、プログラム中私たちはベトナムにいる間の時間は殆どプログラムのために使っていたのにも関わらず、彼女らはVJEP2024に参加しながら普通に大学で授業を受けていたり、インターンに行ったり、塾の講師をしていたりと、彼らにとって母国での開催であったにしても、プログラムと普段の生活を同時におこなっていたことに非常に驚いた。

 そのような私自身に刺激を与えてくれるような彼女らと共にした経験は私にとって、普段の生活では得られることのできない新たな学びを得られる2週間であった。

 

 この2週間を振り返ってみて、私は2つはき違えて解釈していたことがあるように感じた。グローバル化によって国を越えた人と人との関わりが増えてきて、このような異文化プログラムが増えている中で、多文化共生が謳われるようになった。私はプログラムが始まってからは、正直ベトナムという違う国に行ったという実感無しにプログラムがスタートし、あまりカルチャーショックや心理的な不安などを感じることが無かった。それに対して私は、ベトナムに関する知識が事前にあまり持っていなかったいうことも要因としてあるかもしれないが、ベトナム人参加者たちと接する際に、同じ人間として接することができたため、日本とベトナムで何か違いがあった時に、日本人はこうだけど、ベトナム人はこうであると善悪を付けずに受け入れることでカルチャーショックを感じなかったのではないか、つまり、同じ人間として接することこそが多文化共生におけるあるべき姿勢であるのではないかと考えていた。だだ、プログラムでベトナムの文化について自分の目で知ることによって、かえって日本への理解を深まり、必ずしも多文化共生・異文化理解において「同じ人間として接すること」が良いことではないと感じた。同じ者ではなく、異なった文化に属する者として、ベトナム人として、接することが、彼らに対する敬意であると感じた。

 

そして二つ目は、交流にとどまらず、共生し協働するためには、まず英語力ではなく姿勢が重要であるということである。ベトナムに行く前の私は、自分の英語をコンプレックスに思っており、その2週間をより良いものにするためにはまず英語力の向上が重要であると考えていた。ただお互いについて知る交流のためではなく、協働を達成するためにはコミュニケーションが非常に重要であり、そこに英語力が必要不可欠であるのは事実である。その事実にとらわれ過ぎていた私は、特に初めの方は、ベトナム人や他の日本人参加者は高い英語力を持っているのにも関わらず、私はそれを十分に持っていないことから、自分から話せずにいた。しかし、実際に英語で話す時間が増えるにつれて、でも一番に必要なのは英語力ではなく、姿勢であることに気が付いた。彼女らは私より英語ができる子たちばかりであるからこそ、自分が彼女らと話したいという姿勢を見せることで、それに対してちゃんと自分が何を言いたいのか感じとろうとしてくれていた。また、あなたについて知りたいとという能動的な姿勢によって、より深い内容についても語り合える。そのため、自分の中の協働への手順が間違っており、まず英語力ではなく、姿勢であると感じた。

 

 このように、私はVJEP2024を通して、多文化共生において他者を人間としてではなく、ある特定の文化に属する他者として接することの重要性や、交流から協働の達成における姿勢・意識の重要性を新たに気づくことができた。二つの解釈の変化は、論理的に立てられていた自分の考えでも、異文化交流といった新たな経験によって新しい解釈の観点が生まれることを示唆しており、これこそが私がVJEP2024に参加して良かったと思える点である。

2024年2月28日水曜日

BJEP バングラデシュー日本 国際交流プロジェクト2023 振り返り(上智大学文学部フランス文学科4年 関根ゆり子)

 <はじめに>

  私は一般社団法人アジア教育交流研究機構(以下AAEE)とSwitch Bangladesh Foundation (以下 Switch) の合同プログラム、「BJEP2023」に参加した。この報告書では、プログラムへの参加経緯とプログラムを通して学んだことを記す。


<参加経緯>

 2023年秋、ある日関先生が「バングラデシュに行きたい人いませんか」とSNSで呟いていた。その瞬間に私はバングラデシュ渡航を決意した。なぜなら、コロナ禍真っ只中の2020年夏にAAEEの学生アシスタントとして活動していた私は、当時危険レベルが高く渡航できなかったバングラデシュとの初国際交流オンラインプログラム”BJEP”を企画し、それをきっかけにいつか絶対バングラデシュに行こうと心に決めていたからだ。

本プログラムには、以下の3つの目的を胸に参加した。

①   バングラデシュの魅力と課題を見つける 

②   宗教に基づいた社会、人々の暮らしを感じる

③   将来、国際交流・国際協力・教育で何をしたいかを考えるための経験を得る

 私はバングラデシュについてほぼ無知だったため(BJEPを企画運営したが、当時は運営することに必死で内容に注目する余裕がなかった)、あえて何も調べず、国の良さと課題、そして私にとって人生初となるイスラム圏国家を五感で感じようと考えた。そして、高校1年時から教育と国際的な活動に関心を持ち、現在まで幅広く学んできた私は、具体的に何をしたいのか分からない状態だった。そこで、今回のプログラムを将来やりたいことを再考する糧にしようと考えたのだ。

 実際プログラムに参加すると、この3つを交差させながら感じたこと/学んだことが多かったため、「①バングラデシュの魅力と課題を見つける」を基にまとめて記そうと思う。

 

<学び>

 私にとってのバングラデシュの一番の魅力は、「人々が常に全てにベストを尽くしていること」だ。9万人の受験者から200名弱しか受からない大学受験に優秀な成績で合格した人、家族に進学を反対され涙しながらもどうにか大学院まで進学し、海外で勉強するという夢をもうすぐ叶えそうな人、常に国の発展を考えて何種もの業界を経験している人など、私には到底できないほどの努力をして、苦労や挑戦を乗り越えてきた人たちだった。そして、彼らは大きなライフイベントだけでなく、いつでも何にでも全力である。例えば、1日がかりの遠足の最後に1人一役を演じるゲームを本気で行ったり(約40名の全ての演技を皆で最後まで盛り上げた)、空き時間にAAEEとSwitch!で新しい事ができるか相談したり、はたまた遠足から帰宅後、クリスマスパーティーを行うために、18時から6時間買い出しと準備に時間を費やし、明け方までパーティーを楽しんだりした。このようにどの瞬間でもベストを尽くし、自ら人生に彩を与えながら常に何かを得ようとしている彼らの姿に感銘を受けた。

 それと同時に、私も彼らと一緒にひとときも欠かさず全力で10日間のプログラムに取り組んでいると自覚した時、いつからか物事に優先順位をつけて調節していた自分は、本当は得られたものや機会を逃していたのかもしれないと感じた。そして、あるメンバーは、ある日私に「アッラー(神様)は自分に役割を与えてくださっている。僕は夢を大きく持ちながらも自分の役割を全力でこなし、あとは結果を待つだけだ」と教えてくれた。その時、私は彼らが常にベストを尽くせる理由がなんとなく分かった気がした。彼らの人生の土台にはイスラム教の教えがあり、それを強く信じている。だからこそ、人間の弱い部分にも負けない精神力があるのだ。私は特定の宗教を信仰していないため、目には見えない絶対的なものを信じ、果敢に行動できる彼らの強さが羨ましかった。そして、今後はより多くの学びと何か良い機会を得られると信じ、全ての出来事を大切にして、全力で行動しようと心に決めた。



 本プログラムでバングラデシュの、あるいは国際的な課題の中で最も衝撃的だったのは、最終日に訪問したスラムでのことだ。スラムを訪問している間は、ショックで涙が込み上げてきた。目の前に広がる光景を受け入れることができなかったのだ。女性がゴミの山からポリ袋を集めているのを見ながら、この現実はただ彼らが恵まれなかったのではなく、私が引き起こしている問題であるということを考えていた。

 日本に住む私たちの中には、ゴミの分別を行うことで環境に良いことをしていると思っている人も多い。しかし、プラスチックゴミの半分以上は燃されて熱回収され、廃プラスチック輸出量は世界2位である。輸出されたプラスチックの行方はほとんどの人が気にしない(私もこの現実を目の当たりにするまでその1人だった)。私はこの問題の加担者であるにも関わらず、そこに数分しかいない訪問者としてスラムを見学し、そこに住む子供と写真を撮り、何もできないままその場を後にした。無力感がすごかった。バングラデシュメンバーが色々説明してくれて、私に意見を求めてきたが、私は涙を流さないことに必死で何も答えられなかった。環境問題というとスケールが大きく漠然とした印象があったが、今後は自分の行動が具体的にどのように社会に影響をもたらすのかを学び、意識しながら生活してゆきたい。

 また、他にもスラム街にある学校を訪れ生徒と交流したり、その後そこに住む人々のお話を聞かせていただいたりした。その中で常に感じていたのは、とても恵まれた環境で育ちながらこの現実を目にする機会を得た自分だからこそ、彼らのために何かすべきだということだ。自分で描いた絵をキラキラした笑顔で見せてくれた子ども達や、私と同じ23歳で3人の子供を育てる女性、教育や政治にしっかり意見を持つ女性など、皆同じ人間としての価値と権利がある彼らは、現在トタン屋根で作られた毎年洪水で浸水する家で、夏は40度を超える中、1つのベットの上で家族全員で寝食を共にしている。彼らのような人々(スラムに住む人だけでなく中間層の人々もこのような生活をしている)の人権を守る十分な社会的サポートと、今回目の当たりにした現実を引き起こしている世界中一人一人の意識改革の必要性を強く感じた。




  私はこのような課題を解決するためにも教育は大切だと考えていた。途上国の教育現場を見るために本プログラムに参加したわけだが、このようにスラム街などを訪れる中で、教育の重要性を改めて感じた反面、複数の課題が複雑に交差しているのを目にした。そして、「教育を量・質ともに向上させたところでこの国に根深く残る問題は解決するのか?」と何度か疑問に思った。しかし、Faysalさんの「人、社会、国創りの全ての始まりは教育だ。」という言葉から始まった彼の教育に対する熱い思いを聞いて思い直すことができた。すぐに結果が見えなくても、彼のように教育に情熱を注ぎたいと思った。

  あと2ヶ月と少しで日本で社会人として働き始めるが、今回の想いを忘れずに将来は教育分野での国際協力、また、国際交流という2方面に携わりたい。この想いを忘れないための方法も、今回彼らから学んだ。それは、躊躇せず相手に連絡を取り、人との関係を大切にすること、そして、定期的に現場に足を運び現場の情報を得続けることだ。今回出会った彼らとの関係を大切にし、国際協力と国際交流の現場に足を運ぶ事を継続し、具体的にどのように関わってゆくか考えてゆこうと思う。




2024年2月6日火曜日

BJEP バングラデシュー日本 国際交流プロジェクト2023 振り返り (東京大学大学院修士課程1年 ラフマン ヌール瑠美花)

<はじめに>

 私は20231223日〜1230日の8日間に渡って開催されたバングラデシュ・日本国際交流プログラム(BJEP2023)に参加しました。この報告書では、プログラムに参加することになったきっかけ、プログラムの内容、プログラムを通して学んだことについて書きたいと思います。

 

<BJEPに参加することになったきっかけ>

 私はプログラムに参加を決めた日のことは忘れもしません。2023109日、大学から帰宅し、家で自習をしていた私のもとに妹から着信がありました。電話に出ると「お姉ちゃんバングラデシュ行かない?大学の先生(関先生)がバングラデシュに一緒に行く人を探しているけど、お姉ちゃん行きたがっていたよね?私も行きたいけど、お姉ちゃん行かない?」と言われました。妹が私に連絡してきたことには理由がありました。私は大学で4年間バングラデシュの国語であるベンガル語を専攻していたのですが、コロナ禍と学生生活が被り、現地に渡航出来ずに学部を卒業してしまっていました。妹はそのことを知っていたので、すぐに情報を伝えてくれたのです。その場にいた母は「こんないい機会ないよ、良かったね」と。しばらくして家に帰ってきた妹からも「お姉ちゃん絶対行きなよ」と。そこからは話が早く展開していきました。その日のうちに妹が関先生に連絡を取り、翌日には関先生と私がつながり、渡航の意思を伝え、航空券を予約しました。妹は残念ながら渡航時期に日本で外せない用事があり、今回の渡航は叶いませんでしたが、妹のおかげでBJEP2023への参加が決まったのです。この頃はバングラデシュで何をするのか全く分かっていませんでしたが、とにかく自分が学んできた言語が話されている国に行ってみたいという気持ちが強く、航空券を予約したその瞬間から12月が待ち切れないほど楽しみになっていました。

 

<プログラムについて>

 今回参加したプログラムは、AAEESwitch Bangladesh Foundation(以下Switch)の共同企画によって開催されました。Switchとは、バングラデシュにおいて貧困が親から子へと続くサイクルを断ち切ることを目標とし、質の高い教育を子どもたちに無償で提供しているNGOのことです。教育の他、衣類や教材等を寄付によって集め、生活に困っている人々に低価格で販売したり、不要になった衣類をリサイクルし新しい製品を生産したりするなど、様々な社会課題に対する取り組みを行っています。今回のプログラムではバングラデシュにおけるAAEE関係者、Switch関係者、そしてSwitch Schoolに通う子どもたちと多くの時間をともに過ごしました。8日間のプログラムと9日間の滞在を通して主に以下のような活動に取り組みました。

 

DAY1

初日はSwitch schoolに通う子どもたちと学校の近くの広場に落ちているゴミを拾う清掃活動からスタートしました。その後Switch schoolに移動し、先生やボランティアの方、子どもたちと共にプログラムの開催を祝いました。先生、我々からの自己紹介、Switchのこれまでの取り組みに関する紹介、子どもたちの学習成果の発表などを聞き、その後Switchの授業風景を見学し、最後に全体で写真撮影をしました。初日のプログラムを終えた後は、翌日に開催される催しの準備を行うため夕方には帰宅しました。

 

DAY2

 2日目には、バングラデシュと日本の文化交流会が行われました。学校の近くにある広場にSwitchの関係者、子どもたちが集まり、子どもたちによる英語やベンガル語での詩の朗読、歌や踊りのパフォーマンス、劇、ファッションショーなどが行われました。我々日本チームはソーラン節や土壌すくいを踊ったり、「花は咲く」を歌ったりしました。最後に子どもたちと一緒に東京音頭を踊り、お互いの文化を一緒に楽しみました。

 

DAY3

 3日目は、午前中に学校近くの船乗り場から10分ほどかけて場所を移動し、約60人の子どもたちと一緒に野外学習を行いました。子どもたちと森林の多い場所と少ない場所に移動し、森林の働きについて暑さの感じ方の違いを実際に経験することを通して学びました。野外学習の終わりには日本チームによる30分程度の授業を行いました。参加型の授業ということで、日本に来た時に必要となる簡単なフレーズを教えたり、ジャンケン大会を行ったりしました。

 

DAY4

 4日目は、Switchの先生やボランティアの方、上級生の子どもたちと一緒にピクニックを通した文化交流を行いました。学校近くの船乗り場から2時間ほどかけて移動した場所を先生と一緒に散策し、午後は皆でバーベキューを楽しみました。

 

DAY5

 5日目は、午前中にSwitch schoolを訪れ、子どもたちによって作られた科学展を鑑賞しました。低学年から高学年までの子どもたちが2~4人で1グループとなり、社会に存在する様々な問題に対する解決策を考え、作り上げたシステムについて発表をしてくれました。子どもたちの発表を聞いた後、BJEP国際交流プログラムに長年携わられているMahboob Hossain教授に挨拶するためBRAC大学に移動しました。

 

DAY6

 6日目は、Switchの創設者やSwitchAAEEの活動に関わっているバングラデシュのメンバーにダカ大学を案内してもらいました。教授と少しお話をする機会を頂き、ご挨拶をさせて頂きました。

 

DAY7

 7日目はバザールに参加しました。ここではSwitchに寄付された衣類等を低価格で販売するお手伝いをしました。誰かにとっては必要なくなったものを、必要としている人々の手に渡すことにより、廃棄物として捨てるのではなく、新たな資源として活用できる仕組みを作っている現場では、年代問わず多くの人が商品を手に取り、購入していました。

 

DAY8

 8日目はプログラムの最終日として、まずはSwitchの今後の活動促進のために必要なことについて話し合うための会議に参加しました。NGOとして活動する上で必要となる資金を確保するために何を行うことが大事なのかということについて関先生を筆頭に考えました。会議後はプログラムの成功を祝いPitha Festivalを開催しました。”Pitha Festival”とはバングラデシュで冬の時期に行われるお祭りのようなもので、“Pitha”を用いたパンケーキや餃子のような料理を各々が作り、それを持ち寄りみんなで食べながら楽しむ時間を意味します。我々は日本で親しまれているおにぎりと味噌汁を振舞いました。

 

DAY9

滞在最終日は、スラム街を訪問しました。スラム街にあるSwitch schoolを訪問し、そこで勉強をしている子どもたちと交流しました。その後、普段訪れていた学校に戻り、先生や子どもたちと最後の挨拶を交わしました。帰宅し荷造りをした後、我々の滞在を常に支えてくれたメンバーへ感謝の意を表し、日本へ帰国しました。

 

<プログラムを通して学んだこと>

 この報告書の最初で述べたように、私は単純な理由から、バングラデシュを訪れることを決め、このプログラムに参加しました。今回のプログラムはAAEESwitchの共同企画でしたが、関先生に出会うまで、AAEEの活動やその意義について何も知りませんでした。したがって、渡航を決意した段階では、現地で何をするのか、どんな活動を行うのか全く見当がつきませんでした。渡航前には、バングラデシュのメンバーが企画したプログラムの詳細を共有するミーティングがあり、そのミーティングを通じて、滞在期間中の活動内容は理解できましたが、自身の学びの目的や日々の過ごし方についての目標はまだ持っていませんでした。正直に言いますと、「何を学びたいのか」という問いに対して、しばらく考えましたが、明確な答えを見つけられず、そのまま渡航日となりました。

 実は、今回参加した日本チームのメンバーは、私以外、以前の活動でバングラデシュチームのメンバーと交流がありました。私は彼らと全く交流がなかったので、「どんな人たちと活動するのだろう」という疑問がありました。そこで、渡航日の成田空港で、関先生に質問してみると、「彼らはすごいよ、頑張って生きている人たちだよ」という答えが返ってきました。その時私は、「頑張って生きている」の意味がなんとなく分かるようで分からなかったのですが、いざバングラデシュに足を踏み入れ、彼らと話をしたり、これまでの人生や将来の夢を聞いたりしながら交流しているうちに、関先生の言っていることの意味が自分の中で理解できるようになりました。

 まず一つ、私が一番心に残った学びは彼らのタフな精神力です。私は義務教育課程を修了した後、高校、大学、そして大学院へ進学することへの選択肢を両親から与えてもらえていました。非常に恵まれた環境で育ってきたと思います。しかし、恵まれた環境であるが故にそのありがたみを十分に理解せず、時間を有効活用できない時期を過ごしてしまったことがありました。また、よく人と自分を比較し、落ち込んでしまうこともありました。しかし、バングラデシュチームのメンバーの話を聞いていると、しっかりと前を向いて挑戦することの素晴らしさに気付くようになりました。彼らの、どんなに辛い状況でも、難しい状況でも出来るまで挑戦するその精神力の強さには全く敵わないと感じましたが、彼らの話一つ一つは私にその大切さを教えてくれました。自分が何をしたいのか、どんな目標を持っているのか、他人と比較せず自分自身と向き合い行動していくことの重要性に気付かせてもらいました。

 次に、9日間を通し、時間の使い方について新たな視点を得ることができました。私は一つのことに集中すると、そのことをこなすことに必死になってそれ以外のことを考えたり、楽しんだりする余裕が持てなくなることがあります。その背景にある考え方は「まずはこれを終わらせるべき」というような優先順位が自分の中にあるからです。また、将来についても、ある「型」にはめて考えることが多いです。これも、「こうするのが当たり前/こうであるべき」というような固定観念が自分の中にあるからだと思います。しかしながら、彼らとの交流からは、忙しさの中でも周囲とのつながりを楽しむことの重要性を感じました。「時間に追われていると思わない、一つ一つ、その瞬間を楽しもう」、そのような様子が伝わってきました。もちろん、優先順位を設けて様々なことをこなすことは非常に重要ですが、それを理由に人とのつながりや得られるかもしれない経験を逃すことは惜しいことだと感じました。

 このような気付きは、このプログラムに参加しなければ今の時期に得られなかったことだと思います。新たな価値観や考え方を教えてもらうことができました。渡航前、何を学びたいのか、答えが出ないままの参加となりましたが、現地に行き、直接交流し、はじめて気付くことは想像以上に多かったように思います。今後も自分の中に新しい気付きを得るために、このような機会に積極的に関わりたいと思うようになりました。

 

最後に、今回のBJEP2023への参加の機会を与えて下さった関先生、滞在をサポートして下さった皆様、ありがとうございました!

VJEP 2023 報告書 「10日間の学びと交流の記録」 (東京大学工学部システム創成学科知能社会システムコース3年 北美月)


VJEP2023のプログラムで過ごした10日間は、当初予想していたよりも大変なものだったが、その分当初の予想を上回る成果を得られたと確信している。ベトナム人メンバー9人、日本人メンバー7人とベトナム文化の中で10日間過ごしたことによって、ベトナムや国際交流、そして日本についての理解をより深めることができた。楽しくて笑いが止まらなかったことも、疲れてあと何日この生活が続くのか指折り数えたこともあったが、振り返ってみると、このプログラムはこれからの人生に生きる貴重な体験だったと思う。


プログラムが始まる前、ベトナムは社会主義国家であるため、国の統制が厳しく、住んでいる人もとても真面目で厳格であるというイメージを持っていた。さらに、「発展途上」なイメージが強く、日本と比較すると産業だけでなく教育も遅れているのではないかと勝手に想像していた。このイメージは半分当たっており、半分間違っていた。まず、当たっていたことは、統制がとれており、ルールや権力に従順であるということ。決められたことや、目上の人の言うことは絶対であると言うふうに考えていることがベトナム人参加者から感じられた。スケジュールが追加され、当初のスケジュールからさらに忙しくなったスケジュールを共有された際も決定には従順で、忙しい中、文句をいうことなくそれぞれの活動に真面目に取り組んでいた。日本人も真面目で従順な国民性を持つと言われるが、このプログラム中では、個人的にベトナム人の方がその度合いが上であるように思われた。準備時間が少ない中プレゼンをしなければならなかった時や、具体的な指示を出されずにビジネスプランを発表させられた時に現地の大学の先生たちからどれだけ理不尽なコメントをもらっても、反抗的な態度や言動を見せることなくまずは受け入れようとする姿勢がそう思わせた。小さい頃から逆らわないように教育を受けてきたのか、そもそも真面目な人たちがこのプログラムに参加したのかは定かではないものの、明らかに私とは考えが異なっていたことに驚かされた。次に、間違っていたことは、厳格さと教育の遅れについてだった。厳格さに関しては、確かにとても真面目な面もある一方で、プログラム外の普段の生活ではとてもフレンドリーな人が多く、エネルギーに溢れていた印象を受けた。特に感じたのは、ボランティア精神の高さで、人のために何かをしてあげたい、人を喜ばせたいという気持ちが伝わってくる場面が多かった。食事の際にはご飯やおかずをお茶碗にもってくれたり、聞かれなくても進んで積極的にベトナム文化について説明してくれたり、部屋でもシャワーを先に入らせてくれ、寝る時間も合わせてくれるなどたくさん気を遣ってくれたりと数えればキリがないほど行動に優しさが溢れていた。開催側としてのもてなしの精神からなのか、とにかく他人への気遣いに深く感動した。さらに、教育に関しては、参加者の英語力の高さに驚かされた。大学によっては全ての授業を英語で行なっているところもあるようだった。自分の大学、特に工学系専攻では言語の授業は大学に入って一年しか必修ではなかったことを考えると、日本の教育機関の英語に対する意識の低さを痛感する場面だった。

今回のプログラム中では、循環型経済実現に向けた社会に対するアクションをグループごとに考える機会があった。案を考える段階では、ベトナム人3人に対して日本人1人の班でディスカッションを行った。これが想像以上に大変だった。環境問題という広く難しいテーマを英語で話し合わなければならない上に、議論の進め方が日本のものと全く異なっていたからだ。これまで経験してきた日本人同士、または日本人が過半数を占める話し合いの場合は、もし意見が割れてしまった時はそれぞれの折衷案を新しく作る、どちらか一方が折れる、というような形でどんどん前に進んで、限られた時間の中で案をより良くする方向で時間を割くことができていた。しかし、今回の話し合いの中では、案自体はすんなり決まったものの発表準備の段階でモデルをどのように描くのが良いかで揉め、プレゼン資料をどうやって綺麗にするかで揉め、意見の対立が起きることが多く、お互いに折れないので本質以外のところでかなりの時間を費やしてしまったという印象がある。初めは日本との違いが興味深く、黙って楽しくみていたのだが、段々と最終発表の時間が迫るにつれて余裕がなくなっていった。人が話終わるまで聞くのは礼儀であると教えられてきたので、人の話の途中で遮って話し始めるのはタブーであり、自分がされてもいい気はしないので人にはしないように気をつけている。しかし、こういう国際的な話し合いの場面では、人が話終わるまで律儀に聞いている必要はなく、遮られた相手もそれほど気にしていないので、チーム全体のことを考えるとむしろ迷わず口を挟むのが正解であると学んだ。実際に試してみて、その方が話し合いの中で存在感を示すことができ、自分の意見を話しやすい雰囲気を作ることに成功した。ただし、ここでは相手を納得させる必要があるので円滑かつ円満に文化の違う人間同士で協力し合うことは全員の理解度や人柄がかなり重要であると感じた。今後のためにも自分とは違う背景を持った人とさらに多く関わりあって、たくさんの意見に触れる経験が大切であると改めて思った。

プログラム中の活動はもちろんのこと、それ以外の日々の生活の中でも他の参加者から多くの刺激を受け、たくさんのことを学んだ。辛かったことや、腹が立ったことも含めて今後の国際交流の際に役立つ経験ができた10日間であったと思う。貴重な機会を設けてくれた先生方や、オーガナイザーの方々、一緒に頑張った15人のメンバーたちには言葉では表現できないほど感謝している。



「VJEP2023への参加で得たもの」(京都外国語大学 国際貢献学部3年 長島 悠花)

 今回のVJEP2023で、AAEEのプログラムに3回目の参加となった。過去2回のプログラムはオンラインでの開催であったが、今回はコロナウィルス流行後初となるオフラインでの開催となった。過去2回のオンラインのプログラムでも、質の高い異文化交流ができ、満足していたのだが、今回のプログラムでは、約2週間常にベトナムの空気に囲まれ、文化に触れ、人と関わっていたため、非常に濃密なプログラムであったと思う。この報告書では、私自身の体験を踏まえ、異文化交流とテーマであったサーキュラーエコノミーへの取り組みという二つの観点から、今回のプログラムを振り返っていく。

 まず、異文化交流という観点から振り返ると、ベトナムは同じアジアの国とはいえ、自分が日頃身近に感じている文化との違いを所々で感じた。最も印象深いのは、個人差はあれど、ベトナムの学生たちの圧倒的なエネルギーである。寝る間を惜しんで、翌日現地の商業施設で披露する見せ物の練習を夜中に何度もしていたり、ナイトマーケットを楽しんでいたりする姿は今でも忘れられない。またどんなに疲れていても、バスの中でも常に話していたり、笑っていたりと賑やかな雰囲気は、日本に帰国してから恋しくなることが時々あるほど、印象に残っている。そのような経験から、ベトナム人に対し、「エネルギーに溢れ、何事も誰かと共に楽しむことを最優先する人たち」という印象を抱いた。一方で、文化で個人を一括りにはできないということも改めて実感した。ベトナム人も日本人も考え方はそれぞれの文化の影響を受けているとはいえ、一人一人の考えは異なっており、文化を学ぶことも大切だが、一人の人間として関わることも異文化交流をする中で必要不可欠だと改めて感じた。そして、常に異文化に囲まれた生活で、普段より多少ストレスを感じていた自分が試みたことは、置かれた環境において、自分をどうやったら楽しませることできるかをただただ考え、それに従って行動するということだ。他の参加者と一緒に何も考えずに盛り上がったり、笑ったりするのは、むしろ言葉が完璧に通じないからこそ実現できることでもあり、異文化交流に必要な過程のひとつなのではないかと感じた。そして、言語の壁に関しては、最終プロジェクトについて話し合う際に悩むことが最も多かった。当たり前のことかもしれないが、「相手に自分の伝えたいことを正確に理解してもらうこと」と「相手の伝えたいことを正確に理解すること」は、同じ言語を話していたとしても、ほぼ不可能である。プロジェクトに取り組む中で感じたことは、相手を理解しようとしたり、また相手に理解してもらおうしたりすることに努めることを放棄するのは、妥協することとは異なるのだということだ。せめてこれだけは伝えなければいけないと思うことは、諦めずに丁寧に伝えることと、その姿勢を見せることが大事なのだと改めて感じた。


 次に、「サーキュラーエコノミー」というテーマへの取り組みという観点からも多くのことを学んだと思う。例えば、ベトナムの地理的特性や産業構造を生かしたVACモデルや企業による太陽光パネルの活用法などの興味深い例を学んだ。しかしながら、実際の街中でゴミが散乱していたり、普段の飲み物に大量のペットボトルが使われていたり、ゴミの分別が行われていなかったりと、市民レベルでの環境問題への取り組みとの間には依然差が生じていることを目の当たりにした。理論やモデルを学ぶだけではなく、現地で実際に社会問題を目にしたことにより、環境問題への取り組み方やその特徴が日本・ベトナムそれぞれの国で異なることに気づけた。そうしたことを踏まえ、最終プロジェクトとして、私たちのグループは、日本のもったいない精神を取り入れた、ゼロウェイストのコーヒーショップというビジネスモデルを考案した。この過程では、サーキュラーエコノミーという概念を正しく理解した上で、いかにオリジナリティを出しつつ、実現可能性の高いモデルを考えるかということに非常に苦戦した。しかし、グループで発表を無事に終えた時の達成感は、多くの困難を乗り越えたからこそ、私にとって格別なものだった。


 最後に、今回のプログラムでは多くの困難に見舞われつつも、多くのことを得られたと思う。机上で学ぶだけではなく、実際に自分の目で見て、体験するのに勝るものはないのだと再認識した。今回のプログラムの成功にご尽力いただいた、関先生、野澤葉奈さん、An先生、Minh Quyênさんには心から感謝申し上げたい。