このプログラムに参加する前に私が持ち合わせていたバングラデシュに関する知識は、国民の大多数がイスラム教徒であること、アパレルメーカーの繊維工場が数多く存在すること、開発途上国であることの3つのみであった。バングラデシュは私にとって未知の国であったが、プログラムの募集案内を見たときはほぼ反射的に応募を決めた。コロナ禍で思うように外出もできず、家で動画を見て怠惰に過ごしていた私はこの生活に嫌気がさしていた。プログラムに参加し、今まで接点の無かったバングラデシュの学生と交流することで、自分の狭小な価値観や世界がより豊かになるのではないかと期待していた。一方でオンライン上のみの交流で果たして相手と交友を深めることはできるのか、また対面ではないためにミスコミュニケーションや衝突が生じやすくなってしまうのではないかというような不安もあった。だがそのような懸念は、バングラデシュの学生と初めて話した後すぐに払拭された。彼らの明るく、温厚でフレンドリーな性格はZoomの画面上からでもありありと伝わってきたからだ。今回のプログラムでは参加者がそれぞれの生い立ちや経験を話す機会が多くあったが、バングラデシュの学生の温かさが自己開示を促すのに大きな役割を果たしていたのではないだろうか。
このプログラムの特筆すべき点として、テーマがDeep
Cultureであったことが挙げられるだろう。SDGsをテーマにディスカッションやプレゼンテーションを行うような社会課題解決型の国際交流プログラムは、昨今頻繁に開催され、私も以前参加したことがあった。しかしこのプログラムはDeep
Cultureというテーマに基づいて対話を行い、他者と比較し自己を内省するという活動が主であった。自己を知ることを目的としたプログラムは確かに国内でも行われているが、それらの多くは就職活動を見据えたものであり、国をまたいで行われることは非常に珍しいのではないか。個々の内面に焦点を当てたプログラムであったからこそ、私は異なる文化的背景・価値観をもつ他者とどのように関係を構築していくか、ということについて再考することができた。プログラムに参加する前は、バングラデシュの参加者を「バングラデシュ人」というように一括りにして捉えていた節があった。だがプログラムが進み、個人の生い立ちやアイデンティに関する一歩踏み込んだ質問をお互いにするにつれて、参加者は各々異なるバックグラウンドや価値観を持っていることが判明し、国籍や宗教に基づいて彼らを一括りにすることはできないのだと実感した。至極当然のことかもしれないが、自分の中の無意識の思い込みに初めて気づかされたのだった。このことが国の代表としてではなく一個人として相手国の学生を捉え、交友を深めることにつながった。またこれを達成するためには、言語や服装、習慣といったの表層的な文化の相違を理解することだけでは不十分である。異なる文化的背景を持つ他者を一個人として捉え相手と関係を構築するためには、目に見えない文化的差異を理解することが欠かせないと私は考える。それは対話を通じて明るみになる意見や価値観の相違について、一体何がこの相違を生み出すのか、またその発言や思考の背景にある前提は何であるかのかを考察することである。プログラムを通して、相手の話を注意深く聞き、そしてその人がどのような人であるかを忍耐強く観察することの重要性を強く実感した。
忍耐強さは対話における別の側面においても必要不可欠な要素である。プログラムは両国の学生にとって第二言語である英語で行われたため、意思疎通を上手く図れなかったこともあった。特に私は英単語がすぐに思いつかなかったり、伝えたいことを正確に伝えられないことがしばしばあった。けれども他の参加者たちはそんな私に対して途中で投げ出すことなく、質問を投げかけたり、論点を整理したりして最後まで理解しようと努めてくれた。また私が同じ箇所について繰り返し聞き返しても、嫌な顔ひとつせず何度も何度も説明してくれたのだった。たとえ意思疎通が上手く行かなかったとしても、互いが理解するまで対話することを決して諦めてはいけないのではないか。
この7日間は私にとって非常に充実したものであったと同時に、苦しいものでもあった。プログラムが進行するにつれて、対話のテーマがより一歩踏み込んだものになり、自分は一体何者なのかということについて考えざるを得なかったからだ。自身の過去について振り返り、それを言語化して英語で伝えるということは想像以上に困難であった。さらに他の参加者たちはみな優秀で、個性的であった。英語ディベートで全国大会に出て新聞に取り上げられた経験がある人、海外経験が豊富で様々な国の文化や価値観を享受する人、場を和ますのが得意な人、面白いコンテンツを作れる人、絵を描くことや歌うことが得意な人、リーダシップがある人など、皆が何かしらの強みを持っていた。彼らと自分自身を比較すると劣等感に苛まれた。また参加者の中には将来の展望や目標を明確に持っていた人も多く、専攻すらまだ決めていない私は、目を輝かせながら将来像について話す彼らのことが羨ましかった。彼らのように私にも何かしらの長所や強みがあるのだろうか、理想の将来像とはどのようなものか、私を私たらしめるものは何であるか、自分は一体何者なのだろうか。このようなことをプログラム期間中に絶えず考えていたのだが、残念ながらプログラム終了時までに明確な答えを見つけることはできなかった。けれどもこのプログラムに参加していなければ、これらのことを思案することすらなかっただろう。そもそも自分は何者であるかという問いに明確な答えなど存在するのかは定かではないが、きっと今後も自分に問い続けていくだろう。
バングラデシュ、日本両国の学生との出会いも、このプログラムでの経験も、今後の私の人生に大きく影響を与えるものとなった。このプログラムに関わったすべての人々に感謝の意を表したい。
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