2020年10月24日土曜日

バングラデシュ BJEP 2020 (Bangladesh-Japan Exchange Project 2020) 報告書(3) 鈴木ありさ(上智大学総合グローバル学部総合グローバル学科2年)「 BJEP 報告書」

“もどかしい”

 この感情のむず痒さが伝わるだろうか。BJEPが終了した時、私の中にはこの感情が残された。



 BJEPはオンラインを介してバングラデシュの大学生と日本の学生を繋ぎ、「貧困と教育」について議論を交わす8日間の革新的なプログラムだ。私は、新型コロナウイルスによって夏休みの予定がなくなりこのままだと何もせずに大学2年の夏休みを終えることになる、と言った焦燥感に駆られていたところ、BJEPの話を聞き、興味を持ち参加を決めた。オンラインでのイベントというコミットの難しさ、周囲の学生のレベルの高さ、などを感じながら始まったプログラムではあったが、楽観的な性格からこの状況を楽しむことができた。他の優秀なメンバーのおかげでグループワークに苦戦することもなく、大きなトラブルも起きることなく、非常に楽しく有意義な時間を過ごすことができた。プログラムを通して知識を得られただけでなく、バングラデシュの学生との仲を深めることもできた。


 ここまでを見ると、いい思い出として終わっているように思えるが、一度冒頭に戻りたいと思う。


 私はこのプログラムを終えて、率直に“もどかしさ”を覚えた。確かに8日間のアカデミックなプログラムを終えた達成感があった一方で、どこかやりきれなかったような思いを感じざるを得なかった。このもどかしさはどこから来ているのだろう。どうすればもっと達成感やコミット感を感じることができたのだろう。

 それは、自分の伝えたいことを伝えることができなかったが故のもどかしさだった。

ディスカッションは元々嫌いな方ではなかった。授業でのディスカッションにもどちらかと言うと積極的に発言をするタイプであったため、自分の意見を言うことに躊躇いはなかった。しかし、自分の使い慣れない英語でのディスカッションを通して自分の弱みが見えてきた。英語でディスカッションをするのは今回が初めてだった。また、予備知識がほとんどないバングラデシュの話題となると困難を極めた。自分の言いたいことを予め台本のように用意して議論に臨んだ。しかし、ディスカッションと言うのは自分の意見を言うだけでは意味をなさない。相手の意見を聞いてさらに考えたことや疑問を投げかける。この言葉のやりとり、感情のキャッチボールを通して新しい気づきを得る。これは今の私には難易度が高かった。バングラデシュの学生は非常にディスカッションに積極的だった。相手が話したことに対してすぐに自分の意見を返す。活発な議論を交わしたことがあまりなかったために毎日圧倒された。自分も言いたいことが内にはたくさんある。ただそれらをまとめて英語に訳し簡潔に相手に伝えるにはもっと時間が必要だった。言いたいことがあるのにも関わらず伝えられない、この歯痒さを痛感する時間だった。自分がみんなのキャッチボールから取り残されたかのような悔しい、やるせない、そのような思いでいっぱいだった。これは何も英語だったからではないように感じる。もちろん日本語だったらある程度は伝えることができただろう。しかし、思ったことを簡潔にすぐにまとめて話すことは日本語でも難しいことだと初めて思った。

 当たり前のことだが、どれだけ立派な意見を持っていても伝えなくては存在しないのと同じである。日本では自分の意見を持っているだけで評価されることがあり、議論をする機会はほとんどない。これまで気がつかなかったが、他国の学生に比べて伝える力が圧倒的に足りていないのではないか。私も自分の意見を言うだけで満足して他人の意見に耳を傾けられていなかったことに気づいた。あまりに当たり前でたいしたことではないかもしれないが、私にとっては非常にショッキングで自分の成長につながる大きな気づきであった。


 この時まさに国際交流の意義を感じた。他国の人と関わることでこれまで気づかなかった自分や世界と出会い、当たり前の価値観に疑問が湧いてくる。

湧いてくる感情1つ1つに敏感になって自分を見つめ直す。BJEPはそのような機会を私に与えてくれた。この貴重な機会を作ってくれたBJEPに関わった全ての人にこの場を借りて感謝の気持ちを伝えたい。


そして、

これからも私は

“もどかしさ“を感じながら、同時にそれがなくなる日を目指して国際交流を続けていこうと思う。


2020年10月18日日曜日

バングラデシュ BJEP 2020 (Bangladesh-Japan Exchange Project 2020) 報告書(2) 高橋雨川(上智大学外国語学部英語学科3年)「バングラデシュ、日本、自身について学びを深めた2週間」

 

はじめに

 
最初にこのプログラムを知ったきっかけは、大学で私が所属するゼミのメンバーの宣伝だった。正直なところを言うと、直感で、ほとんど反射的に応募した。バングラデシュの繊維業界、そして貧富の格差や労働条件の問題点についてはドキュメンタリー”The True Cost”を視聴して少しだけ知識があったこと、そして春学期の大学の講義でバングラデシュにおける女の子の家事労働者について調べたことも関係していたのかもしれない。が、とにかく「面白そう!」と言う好奇心だけで応募フォームを埋めた。今振り返って考えてみれば、そんな自らの心の声に純粋に従ったことが、大きな学びを得るきっかけになったのではないだろうか。このプログラムの実りは計り知れないものがあった。貧困、教育問題がテーマとして挙げられていたが、実際に話し合われたことは、その2つのメインテーマをはるかに超えるものだった。ジェンダー、格差、価値観、社会情勢、国際政治。改めて、社会問題はそれ単体で存在しているものではなく、他の要素や事象と複雑に絡み合っているものだということがわかった。またディスカッションを通じて学べたと同時に、遠く離れたバングラデシュにたくさんの友人を作ることができたのも大きな収穫だ。改めて、このプログラムの主催者である関先生、オーガナイザーの皆様、そしてすべての参加者に感謝したい。

 

日本とバングラデシュにおけるジェンダー問題について

 私が最も印象に残っているディスカッションは、2日目のジェンダーに関するトピックを取り扱った回だ。知識として、私は南アジア諸国における世界ジェンダー指数が年を追うごとに小さくなっている(つまりジェンダー平等達成に近づいている)こと、そして日本よりもずっと高い順位についている国が多いことを知っていた。しかし、世界経済フォーラムが行っている男女格差指数2018年において、日本の男女平等達成度が149カ国中110位なのに対し、バングラデシュが48位と、日本と比較してかなりのジェンダー先進国であることに驚いた。実際にバングラデシュのランキングはアジア諸国の中でも上位にあり、ジェンダーや性差別に対して人々の関心がかなり高いことがうかがえる。その証拠にディスカッションの中でも彼ら、彼女らはとても積極的に発言した。例えば、バングラデシュの政治界において女性の活躍はかなり保証されてきているという。現に2009年から首相を務めるシェイク・ハシナ氏は女性だ。しかし、日常生活レベルにおいては未だに女性が被害となる犯罪は絶えない。レイプ、ストーカーなどの性犯罪だけではなく、女性を狙って硫酸をかける(acid attack)といった残忍な事件もニュースで耳にすることがあるという。特に感銘を受けたのは、バングラデシュの学生たちが自国の問題を明確に理解し、その課題についてどのように取り組んでいこうか真剣に考えている様子だったことだ。私は現状について危機感を抱いてはいるものの、彼らのように当事者意識を持ち、主体的に問題を解決していこうという意欲に欠けていた。しかし、様々なディスカッションを重ねる事で、自分自身も行動を起こせる一人の「市民」として行動していく必要があると感じた。


自分の「特権」について考え直したきっかけ

 私は最終日のイベントの際、参加者の一人であるRajuさんのスピーチを聞いた上で発言をする、ディスカションチームに選ばれていた。そのため彼のスピーチを特に注意深く、丹念に聞いた。そして改めて、自分がいかに恵まれた立場にいるかという事が身に沁みた。今振り返れば恥ずかしい話なのだが、今まで私は、自分は周りの上智大生と比較し、不利な環境の中から受験を勝ち抜いてきたと思っていた。私の故郷である淡路島には塾や予備校といった勉強を支援する環境が薄く、通っていた公立高校の周りの生徒の勉強に対する態度はお世辞にも良いとは言えなかった。そんな中でもほぼ独学で上智に合格し、上京できたことは自分の中で一種の誇りだったのだ。しかし、Rajuさんの話を聞いてみると、彼の半生は私のそれよりも数倍壮絶だった。私も決して豊かな家庭に育ったわけではない。しかし、彼のように進学のために必要な試験の受験料がないということはなかったし、経済的理由で進路を変更しなければならないということも経験しなかった。つまり私は、自分自身が思っていた以上に恵まれた環境と家庭環境を持ち、周りからの応援や支援を受けて進学したのだ。ある種の「特権」を持っていたのである。この大きな気づきは、自分を見つめ直すきっかけとなった。自分が持っている特権を認識することで初めて、それを持っていない人に対して思いを馳せられる。他者のことを考えられるようになるということは、自分の世界が広がるのと同じことだ。このプログラムに参加して、私の世界はまた、一段と大きくなった。

 

[参考資料]

MEMORAVA 世界経済フォーラム 男女格差指数2018年度版

https://memorva.jp/ranking/world/wef_global_gender_gap_report.php

バングラデシュ BJEP 2020 (Bangladesh-Japan Exchange Project 2020) 報告書(1)野上唯(早稲田大学国際教養学部2年)「BJEPの振り返り」

  今年の夏、大学二年生の夏休みなのにインターンを何も申し込んでないと焦っていたところに、AAEEの学生アシスタントの方からこのBangladesh-Japan Exchange Program(BJEP)についてのお話を伺いました。バングラデッシュのことを何も知らない状態でしたが、コロナ自粛で何もしていない自分が嫌になっていた頃にこのお話を聞き、夏休みに何かをしたと言えるような経験になると思い、応募を決意しました。

 面接はお一人とすると思っていたところ、AAEEの学生アシスタントの方お二人と教授の関先生までいらした上にいきなり英語面接が始まったので、非常に焦りました。あまり満足いくようにアピールはできなかったように感じましたが、翌日の朝に面接を通過したとの報告をいただいてとても嬉しく、その日一日は上機嫌だったことを覚えています。

 八月末から始まる予定のプログラムでしたが、その前から事前交流という形で日本人メンバーとバングラデッシュ人メンバー各八名で、プログラム開始数日前から毎日数時間Zoom会議をして仲を深めていきました。その時はシンプルに交流をするという名目だったにも拘らず、会の終わりの方になってくるとバングラデッシュの参加者は日本の教育について聞いてくれるなど、既に議題の内容に関心を示して真剣にディスカッションを始めていて、メンバーの関心度が高くて難易度の高いプログラムになると感じていました。

 その予想は大当たりで、プログラムが開始していきなりディスカッションが始まりましたが、自分の準備不足が顕著に出てしまい、ただでさえ意見を思いつくのも発するのも苦手なディスカッションではたじたじでした。印象に強く残っているのは、バングラデッシュ側のオーガナイザーのタウシック君がまだ高校生であるにも拘らず膨大な知識量とピカイチの言語力で丁寧に議題の現状と問題点を説明してくれたことです。プログラムを通して周りの参加者の皆さんに刺激をたくさんいただいた中でも、高校生でそこまでの賢さを有するタウシック君を見て自分はこのままじゃダメだと本気で思わされたのはこのプログラムで刺激を受けたたくさんのことの中の一つです。

 ディスカッションでは恐らくメンバーの中で一番発言出来ませんでした。あとから代表のさえさんから「野上さんが一番心配だった…」と言われ、それも無理はないなと思います。

 ディスカッションを終えた後はチームリサーチに入りましたが、ここで一番の壁にぶち当たったように思います。私たちのリサーチチームはバングラデッシュ側の一人がデバイスの問題でプログラムにもう参加できなくなったことを理由にバングラデッシュのマハブッブ、日本側のまいさん、そして私の三人のチームでした。事前交流やディスカッションで既に仲良くなっていたメンバーだったのでコミュニケーションは問題なく取れると思っていたのですが、そう簡単にはいきませんでした。まず私たちはリサーチする内容を誰も理解しておらず、違うことに貴重な時間を費やしてしまい、結局それがプログラムの後半に響いてくる結果となってしまいました。その上、リサーチを始めたら途端にお互い言っていることが通じなくなり、難しい議題であったからかコミュニケーションの壁というものをそこで始めてしっかり認識しました。お互い第二言語なので思えば当然なのですが、ここまで英語で会話が流暢にできる者同士、なぜこんなにも言いたいことが通じないのだろうと中盤にとても悩み、オーガナイザーのふみやさんにも相談に乗っていただくなど、たくさん試行錯誤してたどり着いたのはアプローチを変えてみることでした。そしたら不思議なことに急に彼の言いたいことがわかるようになって、進行がかなりスムーズになりました。

 あとから考えると、言語が通じなかったのはしょうがないことで、双方のコミュニケーションが取れなかったのは言葉の外にある性格の考慮(彼は一人で頭の中の整理をしてから伝えたかったり、彼なりに考えていることをじっくり、正確に私たちに伝えたかったのだと思います)またコミュニケーション方法の駆使(求めるものをシンプルにする、言っていることがわからなかったら文面にして書いてみる)の問題であったことがわかりました。このコミュニケーションを一生懸命とっているのに上手くいかない状況が恋愛みたいだと冗談で言っていたのが思い出されます。しかし、リサーチ内容以外にも人間関係に関するこの気づきを得られたのは、予想もし得ない環境でぶち当たった困難でしたが結果的に良い経験と知識を得られたと感じています。

 結局無事にリサーチと本番のプレゼンも終わり、皆んなで反省会をしたのですが、一週間毎日パソコンに何時間も向き合ってこのメンバーとディスカッションをすることが当たり前になっていたので、終わる実感がしませんでした。私はただ参加しただけなのに、想像をはるかに超える学業の面での成長、それに伴う人間関係の新たな面の学習、そしてプログラム参加者の皆さんと色々乗り越えてきて絆を生み出すという様々な経験を享受できました。オーガナイザーの方々が一ヶ月という短時間でたくさんの時間を費やされて出来上がったプログラムに私は受け身で参加させていただいて、ただで参加させていただいてよかったのかなと思うくらいの実りです。何も貢献できず享受してばかりの期間となってしまいましたが、私にとっては本当に実のある濃い一週間を過ごさせていただくことが出来ました。このプログラムを通して出会い、そしてお世話になった全ての方に感謝をし、この経験を忘れずにこれからの生活でも何かしら活かさせていただきます。このような貴重な機会をいただき、たくさんの学びをくださった皆様、本当にありがとうございました。


2020年9月19日土曜日

ベトナム CVJ 2020 (Connect Vietnam-Japan, 2020) 報告書(7)津軽りさ子(国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科1年)「お酢(または油)を使った、世界一おいしそうなおにぎり」

私がこのプログラムに参加した一番大きな理由は、単に自分が東南アジアファンだったからだ。東南アジアに最初に魅せられた瞬間を、私ははっきりと覚えている。それは、母と父とインドネシアのビンタン島に3人で旅行に出かけた時。ビンタン島の無限に続いて見える砂浜で寝転んで海を見つめると、私が当時抱えていた家族、進路、友人に関しての悩みが、ちっぽけなものに思えて、もやもやとした気持ちがすうっと消えて無くなった。東南アジアのゆっくり流れる時間と、大きな空と、青い海と、優しさでいっぱいの現地の人たちのおかげで、私の心が溶かされたのだと思う。その後、多くの東南アジア諸国を訪れ、近い距離に位置する国々の、宗教、文化上での多様性を再認識し、魅せられた。そんな大好きな東南アジアという存在、その一部であるベトナムの大学生たちと交流をすることで、今度はどんな変化を私にもたらしてくれるのかな?と期待し、VJEPに参加した。

私がVJEPにおいて、非常に記憶に残っている出来事は、プログラム内の文化交流部分、特にそれぞれの国が相手の国のソウルフードや、伝統的な食べ物を作った時である。その時、私はベトナム人たちが、本当に日本の文化や日本人たちに興味があってこのプログラムに参加したのだと、強く感じた。このフードエクスチェンジと呼ばれるアクティビティでは、オンライン上でグループに分かれ、それぞれが食べ物の作成方法を口頭で教える、というものであった。そこで、びっくりしたのが、私は「いぇーいバインミー食べれるぞー」と喜び、昼食を作るような気持ちでバインミーを作成していた一方で、ベトナム人チームは、全身全霊でおにぎり、みそしるを作っていたことである。日本人チームが作成方法を教え、それにベトナム人チームが倣っている最中も彼らは、どうやって作るのか、お互いにディスカッションをし(かなり盛り上がっているように見えた)、楽しみながらも真剣な顔で作っていた。しかも、一番驚いたのは、おにぎりを作ろうとしても、どうしても米と米がくっつかないという理由で、お酢(ベトナムの参加者の一人はOil、油であると発言していたので、お酢なのか油なのかは未だに明らかではない)を使っていたと言うことである。それもそうだ。東南アジアの米は日本の米と違い、粘り気がすくない。にぎっても米と米がくっつかないのは当然である。それに対し、私たちがなにか言ったわけでもないのに、自らお酢(油)を使い(果たしてそれが正解なのかは疑問が残るが、それは私にとって世界一おいしそうなおにぎりにみえた)、いかなる手段を使っても相手国に根付いている食文化を体現しようとするところに、全てに対して真剣なベトナム人大学生の姿が見えた。


みなさんは覚えがないだろうか?中学生の時、合唱祭を真剣にやるのをどこか恥ずかしがって駄弁っている男子たちを叱りつける女子たちの光景を。このような日本での「あるある」はベトナムでは起こらないのではないだろうか、と感じた。「頑張ること」や、「真剣になること」は、ベトナム人にとっては「気恥ずかしいこと」では絶対になく、あたりまえのこと。もし問題が発生したら(今回はそれが粘り気の少ない米の種類であったのだが)、頭を使って、それを解決する。彼らの強い意思を強く感じた。

私は、今までの人生で何事も「なんとなく」こなしてきた。全力を出さず、なんとなく勉強し、小中高一貫校に入り、英語の勉強も、受験勉強も、何に対しても全力を出した記憶がない。「要領いいよね」とよく友達に言われ、それでも、特に嬉しい気持ちにはならなかった。むしろ頑張り方がわからなくて、他の友達が、どのくらい頑張っているのかもわからなかったからだ。でも、今回のVJEPで、頑張る学生を目の前にし、私ってなんてのらりくらりと雰囲気で生きてきたんだろう?と思った。私だったら、もしできないことがあれば、言葉は少し汚いが、「もうやらなくてよくね?」と言ったり、うんざりした気持ちになったり。よく考えてみると、私は合唱祭で頑張っても結果がでないことを恐れて、気恥ずかしく思って頑張らない学生と同じだったのかな、と考えて、少し反省した気持ちになった。

二度も東南アジアの雰囲気、または人に、自分を見直す機会をあたえられた私は、3年次には専攻として、アジア研究学を取ることも考えている。上記に述べたことだけではなく、今回のVJEPでは様々なことがあった。バディが私が粘土で作ったブサイクなミッキーを、こんなに可愛いものはみたことがないといってくれたり、ベトナムチームが作成した米津玄師のLemonPVの完コピを見て人生で一番笑ったり、直接会えない分、自分を含めた参加者の間でモチベーションの問題が出てきたり。良いことだけではなかったけど、自分のなかで新しい発見があったり、間違いなく私の今後の人生の糧になることは、言うまでもない。

 オーガナイザーのみんな、参加者のみんな(特にバディのタオ)、関教授、影でこのプログラムを支えてくれた方達、ほんとうにありがとうございました。 


2020年9月18日金曜日

ベトナム CVJ 2020 (Connect Vietnam-Japan, 2020) 報告書(6)石橋侑子(早稲田大学政治経済学部政治学科2年)「参加者報告書」

  1. 参加した理由


私は幼い頃から新宿区で生活している為、常にアジア圏の外国人を身近に感じていました。その中で草の根レベルで現れる文化摩擦等による異文化包摂社会形成の難しさを肌で感じ、どうすればこうした生活習慣・常識の違いから生まれる文化摩擦を解消できるのか考えたいと思っていました。そして高校時代には欧州随一の移民大国であるドイツに留学し、自身が「移民・外国人」として扱われる経験をしました。受け入れる側のみならず移住する側の視点をも得たことで、双方の納得できる包摂社会形成のプロセスを研究したいと思い、大学では政治学を中心に経済学、国際関係、公共政策、文化人類学等を勉強しています。

そして、その様な私のバックグラウンドを知る旧友が紹介をしてくれたことで、今回AAEEコネクトジャパン・ベトナムプログラムに参加するに至りました。日本における移民を含めた包摂社会形成プロセスを研究したい私にとって日本に移住している外国人の中でも多くを占める、アジア圏の方と交流し、その文化や考え方を知ることができるのはとても貴重な機会でした。前述した通り、異文化衝突の主な原因は文化の齟齬である為、その解消にはまず相手国の「当たり前」、即ち文化を知ることが効果的だからです。そういった意味で、今回プログラムは私にとって魅力的な内容で、参加を決めました。


  1. プログラムについて



学生主導の交流プログラムとあってか、各々やりたい企画を自身で提示して実行に移せるところが最も良かったと思います。皆、日本人もベトナム人も双方が能動的に活動していました。私は今回のオンラインプログラムのみの参加でしたので、オフラインで行われる本来の活動雰囲気は分かりませんが、それでも積極的に学生がプログラムにコミットする、土台の雰囲気は感じることができました。

特にベトナム側の本プログラムにかける熱意の大きさはひしひしと伝わってきました。そうした高いモチベーションのある生徒に対し、彼らが国外の生徒(今回は日本人)に自身の価値観、意見、文化を発信できる機会を提供することはとても有意義だと思いました。彼らの様な熱意ある生徒が自分の考えを発信できないことは非常にもったいないです。AAEEはそうした生徒たちにとっても貴重な機会であり、そしてそれを受け取る側にとっても勉強になるプログラムだと思います。


  1. オンライン開催について


今回全オンライン実施プログラムに参加した事で、いくつかオンライン開催の利点と改善点を私なりにピックアップしましたので、報告致します。


  1. 利点


・国内参加者が出身地を問わずに参加することができる

→今回東京近郊のみならず、関西地域に住む参加者とも共にプログラムに参加できたことが面白かったです。「日本人」代表としてベトナム側と意見交換するにあたり、東京近郊住人のみでの参加だと日本チーム内の意見も似たり寄ったりしてしまうと思います。そして、その意見は果たして本当に「日本人」の意見として発信すべきものなのかという疑問が残ります。本来のオフライン開催だと距離的な難しさから、やはり東京近郊の生徒が参加者となってしまう事はしょうがないと思います。そうしたオフラインの弱点を、今回オンラインは克服していました。次回またオンライン開催がありましたら今度はもっと日本国内の色々な地域から参加者が集まれば面白いと思いました。


・費用がかからない

→プログラム参加に際し、最もネックとなるのは費用面での負担の大きさです。その為、元々ベトナムや国際交流に対し興味のある人しかそもそも本プログラムに参加しない、という参加者の偏りが出ていたと思います。その面、オンライン開催は現地に行く必要がない為安価で済みますし、参加自体のハードルが格段に下がっています。現地に行かずとも、ベトナム、海外、又は教育に興味が湧いたという生徒が1人でも増えれば本プログラムの意義はあると思います。参加のハードルが低い事で、あまりそういった領域に興味がない生徒も気軽に本プログラムに参加し、国際交流や文化理解に対して理解を深めることが出来ます。そして結果的に理解者が増えれば社会全体の国際理解意識向上に一歩近づきます。オンライン開催を通して元々理解のある生徒のみならず、興味のない生徒も巻き込んで活動の幅を広げることが社会全体の利益につながると考えます。


  1. 改善の余地有りな点


・プログラム内容の簡易化

→今回はオフラインで行われるはずだった内容をほぼそのままオンラインで行ったと聞きました。円滑なコミュニケーションが難しい中でオフラインと同様の活動をする事は困難でしたし、参加者の負担も大きかったです。オフラインの内容をオンラインで行っても、従来の二番煎じになってしまいます。次回からは参加者の負担が軽減され、且つ想定されうる機材トラブル等が発生しても落ちついて履行できるプログラム内容を実行した方が結果的に参加者の満足度が高まると思いました。具体的には、料理等の「確実に一緒にやった方かいいもの」をプログラムに盛り込む事は諦め、その分ディスカッション等オフラインでもオンラインと同等の満足度を得られるプログラムに重点をおく等の対策があります。例えば、従来よりもディスカッションに時間を多く割き、トピックも幅広く多様なものを設定する等です。教育や文化、政治についてなど、アカデミックな内容のみならず、好きなものや、恋愛観などといったカジュアルなトピック設定を行う事で参加者同士も楽しくお互いを知ることができると思います。


・ベトナムチーム、日本チームで独立してしまっていた

→実際に顔を合わせないので、自然によく準備段階でzoomをする日本人同士、ベトナム人同士で仲良くなっている雰囲気がありました。原因は準備段階で国間の交流が少なかったことだと思います。対応策として事前のビデオ作成企画などに、日本人とベトナム人共同で行うものを盛り込むことを提案します。例えば、今回は日本人は日本人、ベトナム人はベトナム人で劇・ダンス動画などを作成しましたが、それを共同で行っても面白かったと思います。


  1. 最後に


今回のプログラムではベトナムの文化やベトナム人生徒の考え方を知ると共に、様々な魅力ある日本人学生とも知り合うことが出来、とても楽しかったです。またオンラインでのグループワークの大変さなども学ぶことが出来ました。この様な機会を提供してくださった関教授、運営の方々、携わってくださったベトナム側の方々、そして7人の参加者の皆様、本当に有難う御座いました。特に運営の方や参加者リーダーは多くの困難に悩まされたと思いますが、常に参加者やプログラムの為に尽力してくださったこと、本当に感謝致します。



ベトナム CVJ 2020 (Connect Vietnam-Japan, 2020) 報告書(5)加藤みなみ(立教大学文学科英米文学専修4年)「自分にできることは?」



今回、CVJ2020には、“ベトナム”と“キャリア教育”に興味があって応募した。

ベトナムに興味を持ったのは、これまで見たことのあるベトナム人の顔が、百発百中で丸い優しさを持ち合わせていたからだ。
もしかしたら色メガネで見てきたのかもしれないが、その顔立ちの裏には何かあると思っていた中、初めてのベトナム航空で見たベトナム国内の観光のPRを見て、ビデオの中のあたたかい笑顔のベトナム人と、同じ国とは思えないほど様々な顔を持つベトナムに引き込まれた。完全に私にとってベトナムは夢の国と化した。

 教育については、国内で教育に関わる活動をしてきていたものの、そもそも“キャリア教育”がどんなものなのか日本でさえも理解できていなかったため、一度広い視野で考えたいと思っていた。そのためこのプログラムの、ベトナム×キャリア教育は、私にとってはこれ以上ない組み合わせだった。

しかし、すぐに壁にぶち当たった。
こちらで、壁とそこからの学びを3つにまとめて紹介する。

<英語力>
もともと大きな懸念点だったが、”全て”が初めてだったことで大きな壁になった。
日越の4人グループの中でも、会話についていくことに必死で、自分の意見を持っても英語すら危うい私の意見は危ないと思い、何も言えなかった。
そうしているうちにどこからアプローチしたらいいか完全にわからなくなってしまった。
MTGを重ね、早い段階からグループの案に疑問があったものの、いつかきちんとまとまるはずだとアクションを起こさず、自分からは生み出せずに提出した。
厳しいフィードバックで文字数が提出時よりもはるかに増え、そのほとんどが私の頭にあったものばかりだった。
これをきっかけにもっと自分の意見を言わなければならないと痛感し、自信のない英語コミュニケーションの中でも、自分のペースで思ったことを伝えられるテキストは私にとっていいツールだった。
LINEを使ってリーダーに直接提案をしたところ、私の意見を聞いて訂正や代替案を送ってくれたのだ。
彼女とやり取りをする中で、言わなかったのは自己責任だったとようやく知った。
私の意見は私が言わなければならない。
誰も私の頭の中の意見を言うことはない。
言わなかった後悔も私だけのものだ。
オンラインで物理的に一人でいることも相まって、完全に自己責任で進んでいく。
思いついたアイデアがあり、うまく英語にまとめられずMTG中の発言に自信がないならば、テキストで連絡をすればいい。
グループメンバーは必ずレスポンスをくれると分かり切っていたからこそ、なおさらだった。
自己責任ならば、自分のできることを丁寧に探し、”自分のやるべきことをやる”、だけであることにようやく気が付いた。

<時間制限>
オンラインならではの準備の中に、ビデオの撮影があった。
見ているだけなら、1度しか流れないうえにただカメラを置いて撮っているだけに見えるが、何度も練習と撮り直しをしている。
就職活動も並行していたため、準備に時間を取れない時期があった。
これまで撮影経験がほぼない私にとって、少しハードルの高い準備だった。
しかし、ベトナムメンバーを楽しませる工夫と撮りやすい工夫をし、細かい役割分担をしてくれたメンバーたちがいる。
それ以前に、アシスタントメンバーの細かい気遣いやサポート、そして想像もつかない膨大な準備期間があってこのプログラムは成り立っている。
私の25カ月目の就活は全く別の話である。
このプログラムで私のやるべきことは、私がやるべきことをやることだった。
ここでは、私が撮るべきところのシュミレーションをし、確認し、必要があれば撮影し直す、の3つだけだ。
自分のパートも同じだ。
やることをまとめるためにMTGをし、メンバーに協力を依頼するためにテキストを送信すし、それらをまとめるスライドを作成する。文言を考える。
ただそれだけのことだった。
準備だけではなく、プログラム中も同じだ。
恥ずかしいと思う前にわからなかったら質問する。
できないことはお願いする。
考えていることは言う。
私は全メンバーの中で最年長なのにも関わらず、英語力にも自信がないうえ自分の意見を言うのが極度に苦手なタイプだ。
正直、最年長なのに何も出来ない自分が恥ずかしく、悩んでいた時期があった。
しかし、悩んでいても全く何も進まないうえ、悩むことと考えること、そして学ぶことは全く別の話である。
英語力が苦手ならば、就活の合間を縫って英語に触れる時間を増やす、アイデアが出ないならば文献や教育関連のボランティア活動や教育のシステムについて学べばいい、大学生歴が長いからこその経験や学びは伝える、それだけのことだった。
パソコンと椅子と机しかないからこそ、対面で会うための移動時間が何時間もカットされたからこそ、一人での作業時間が増えたことを存分に活かせる状況もあったことから、自分にできることが明確になった。
あとは、”自分のやるべきことをやる”のみだった。

<これから>
当たり前のことだったのかもしれないが、今回の経験で、私情を持ち込まず”自分にできることをやる”、ということを学んだ。
この経験を活かして、一層興味を持ったベトナムやキャリア教育を深めていくこと、一期一会で知り合ったメンバーとオンライン上の関わりを守っていくこと、いつか会う努力をすること、そして”自分にできることをやる”努力を続けていくのは自分次第である。
私は自分が日本人であることに誇りを持ち、日本の良さを世界に発信していきながら、海外の良さを日本に持ち込みたい、という目標がある。
海外と関わる時だけでなく、日常生活でもこの軸を大切にしている。
今回のプログラムでも、日本の良さを知ってもらうため、チャットで送られてくる質問への回答や自分のパートは出来る限り工夫した。
ベトナム人の優しい顔立ちの裏を知るために質問やリサーチを怠らないよう心掛けた。
 今後も自分のテーマを大切にし、楽しみ続け、いつか社会に還元していくのも私次第だ。
このプログラムで学んだ、”自分のやるべきことをやる”ことを軸に加え、これからも学び続けたい。


ベトナム CVJ 2020 (Connect Vietnam-Japan, 2020) 報告書(4)匿名(筑波大学 2年)「ベトナム交流会で学んだこと」

  1. 自分について理解が深まった

    1. 違いを認識することができる。

「正しい」が文化や教育背景によって大きく異なることを認識できた→受け入れることに苦労した。

  1.   2.相手の意見を否定するのが怖い。

考え方の違いから価値観が合わないことがあったが、人の価値観を否定することに抵抗があった。→裸の王様になっていたのではないかと思う。

    1. 仕事を振るのが下手。

どうしても自分ですべて背負い込めばいい、自分さえわかっていればいいと思い、説明が足りない状態で人に自分の考え、意見、やり方を押し付ける場面があった。これではやる側は納得ができず、かつ私の思っていたもの、あるいは私が求めているものを理解しにくい。説明を丁寧にするべきであった。

    1. やる必要性がわからないこと、納得できないことがすごく苦手。ダンスを録画して提出するように言われたが気が乗らなかった。気が乗らないが、参加してすぐのことで非常に嫌とはいいがたかった。また、これは慣れないことをして自分の「できる」を増やすいい機会かもしれない、とも思ったため、できることを増やす、自分の価値を高める、そういった目的でやってみることにした。しかし、やったあとに気づいたことだが、それは結局「できる」ではなく、「耐えられる」という段階でしかなかった。しかも、終わった後にどっと心労が押し寄せてきて結構しんどかった。そういう点を踏まえると、「できる」を増やすこととして始めた取り組みとしてはいささかストレスが大きすぎたのではないかと思う。得られた広がりに対してストレスは見合っていないように感じられた。この学びは、今後できないと感じたことを素直に言いやすくすることにつながった。また、どうしてやらなければいけないのか、何が求められているのかという意味をただ与えられるだけでなく、与えられた情報を基に自分で意味を見出す、自分で活用する道を探求する、という力が身についた。結構辛かったけど無駄じゃなかったよ。過去の自分、よく頑張った。君の努力は明日の自分の糧になったよ。どんまい。

  1. 私は多対一のコミュニケーションが苦手である。理由は2つある。第一に、聴衆が増えることで各自の発言にかかる責任が重くなり、話すべきなのかということに悩んでしまうからだ。私は基本的に話すのが好きなので、話したい!という気持ちがあっても話すべきか悩んで話せないことはストレスだった。第二に、どう伝わっているか、誰に伝わっているか、説明は足りているかなどといった相手の反応を確認する際、聴衆の人数分の情報を認識する必要があり、処理が間に合わないからだ。どうしても全員に伝わっているか、どう伝わっているかがわからず不安になり、説明を追加して冗長になったり、逆にあまり長く話しても困らせるに違いない、と考え情報量を最小限に抑えたりした。これらの不安はさらにオンラインであるということにより増幅されたように思う。

  2. オンラインについて

    1. 表情が見えない。

    2. 温度差が大きい。

    3. すべての発言が基本的に全員に発信されてしまう。→隠れた発言(チャット機能や別のアプリを用いたもの)は見えない。→人同士のつながりが見えない。

    4. 反応が得られにくい→ラグや接続不良のため、反応すると話を邪魔しうる。

    5. 沈黙の時間がしんどい。→一度しらけると厳しい。