2021年4月2日金曜日

2021年春期 四か国(ベトナム・バングラデシュ・ネパール)UNITE参加報告書(2)多賀谷美聡(上智大学総合グローバル学部1年)

  私は3月半ばの1週間、AAEEが主催する4か国協働プログラムに参加した。この報告書で伝えたいのは、一つ目に「運営の方の支えで乗り越えられたこと」、そして二つ目に「自分が日本に対していかに無知であるかを感じたこと」だ。

 私にとってのこのプログラムは、正直に言って、楽しさよりも辛さの方が圧倒的に多い経験だった。自分の拙い英語、そして国ごとの発音の微妙な違いにより、まず自分が伝えたいことをチームメイトに全く分かってもらえない。それどころか、チームメイトが何を喋っているのかもほとんど分からない。加えて話し合いのトピックも「サンゴ礁保全」と、自分が関連知識を持たない分野であり、難しかった。

 そもそも私がこのプログラムに参加した動機は、環境問題に向き合うこと。このプログラムの少し前に別団体のグローバル・プログラムに参加しており、そのプログラムも環境問題をテーマとしていた。しかし、その場では国際交流に終わってしまい環境問題に対して深く考えることができなかった。その悔しさを晴らすため、今度こそ国際交流で終わらずに本気で環境問題に取り組みたいと、AAEE主催の当プログラムに参加したのだ。

 だからこそ、海外の人と仲良くなるという部分には、楽しいだろうという期待があった。環境問題は難しくてつまずくかもしれないけど、海外の人との交流が楽しすぎて乗り越えられるだろうな。そんな風に思っていた。

 ところがふたを開けてみれば、意思疎通すらできなかった。言いたいことは山ほどあるのに何も伝えられない、聞き取れない。でも最終日までにチームで「innovativeでfeasibleなsolution」を出さなければならない。英語で話すことが次第に怖くなり、私はディスカッション3日目には黙り込んでしまうようになった。

 そんな状態の私であったが、最終的にチームでプログラムを走り抜けることができた。もうこの際だから書いてしまうが、途中で何度リタイアしようと考えたか分からない。私がなぜ最後までチーム活動に参加することができたか。それは絶対に、周りの方々の支えがあったからだ。

 まず、プログラムのオーガナイザーの方々。本当に感謝してもしきれません。チームでのディスカッションの様子を常に温かく見守って下さり、時に通訳や、議論を前に進めることまでしてくださいました。特に私が支えられたのは、あるオーガナイザーの方が私にくれた言葉。「トライして、みんなに心を開いてもらえれば成功する。」、本当にこの言葉の通りだった。自分の意見を上手に伝えることが出来ないのなら、まずはチームメイトに心を開いてもらえるように頑張ろう、それなら私にだって出来る。そんな考えから、チームメイトにこまめに感謝を伝えたり、チームメイトの言ったことに絶対に反応することを徹底したりと努力した。すると、チームメイトとの距離がみるみるうちに縮まり、私の拙い英語を何とかくみ取ろうとよりいっそう努力してくれるようになった。チームでのディスカッションも少しずつ軌道に乗り始め、私たちのチームは最終的に賞をいただけた。この変化は、当プログラムにおいて失敗ばかりだった私にとって、一番に嬉しい成功体験であった。「チームメイトもきっと私と同じように、思うように進まないチームの状況に苦しい想いをしていたのだろう」と、遠く離れた地にいる他者に想いを馳せることが出来た瞬間でもあった。

 またプログラム期間中、同じ日本参加者の方や関先生にも、大いに鼓舞していただいた。伝えたいことが伝わらない苦しみを分かってくれる人がいることが、どんなに支えになるのかを実感した。きっと私はこれから英語を使って誰かと関わる度に、お二人との温かい時間を思い出すに違いない。お二人が体験された海外での困難を子細に共有してくださったおかげで、英語を使いこなす未来の自分の姿を信じることが出来た。そんな未来の自分への第一歩が、現状の挫折感なのだと分かり、諦めたくないと思えた。今の自分だけを見るのではなく未来の自分を想像する。そんな、より大きい視点をくださったお二人には、心から感謝している。正直もうプログラム期間中のような辛い思いをするのは嫌ではあるが、お二人のように国際的に活躍する人間になりたい。だからこそ私は、この先も海外の人と協働する体験をとっていきたいと考えている。

 ここまで、プログラム期間中お世話になった方々への感謝を書いた。その感謝に加えて、私がもう一つ報告したいことがある。それは、自国である日本に対していかに自分が無知であるかを、当プログラムで学んだことだ。

 プログラム最終日、各国参加者が自国の歌を披露する時間があった。私は諸事情によりその時間に参加できなかったが、歌披露に向けた準備の時間が私にとってとても意義深いものであったことをここに記したい。

 私たち日本参加者が披露した曲は「花は咲く」。2011年3月11日に日本で発生した東日本大震災をきっかけに制作された曲だ。

 私はこの曲を耳にした事こそあったが、歌える程この曲に詳しい訳ではなかったため一人で動画を見て練習をした。その練習の過程で、東日本大震災の映像を目にすることとなった。

 私は衝撃を受けた。震災による打撃にも衝撃を受けたけれど、それ以上にいかに自分が自国の災害に無知であったかに衝撃を受けた。もちろんこれまでも報道を通して、死者数や津波の映像を見ることはあった。しかしその情報が私の頭に留まることはなく、被災地で生きていた方々の心境や復興という言葉の意味にまで考えを巡らせたことはなかった。

自分の思考がどれほど軽薄で残酷であったか、「花は咲く」に触れなければ自分の無知に気づくこともなかったと思うと、とても恐ろしく感じる。恐ろしく感じると同時に、自身のの無知に気づく機会を得られたことに感謝した。

 他国の人と関わると自国のことがより分かる、とはよく聞く。その言葉が指すのは、自国の伝統料理や行事など形式的な事柄についての認識だけでなく、形式の奥にある精神や自国が抱える過去の痛みについての認識が深まるということなのだと学んだ。

 以上が、私が当プログラムにおいて学んだことだ。辛いと感じることも多かったが、それも含めてこれからの私の糧になるだろうと信じている。



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