2017年10月4日水曜日

ネパール Mero Sathi Project 2017 8月 報告書 (3) 大瀬朝楓  (上智大学総合グローバル学部1年) 「ありのままで」

Mero Sathi Project 2017 8月 報告書(3)
「ありのままで」

上智大学総合グローバル学部
総合グローバル学科1年
大瀬朝楓

 ネパールで学生交流ができる魅力に参加を決意し、現地での約2週間は経験した全てのことが楽しかった。ネパールの環境や空気、出会う人々の不思議な魅力に引き込まれた。しかし、「ネパールに行って何をしてきたの?」と聞かれた時にうまく答えられないのは、一歩引いて行動してしまう私が、何もできず、自分自身を変えられなかったからだと思う。日本に帰国し、2週間を振り返ると、あの時こうすれば、こんなことを話したかったと後悔することがたくさんある。お互いのことをよく知らないネパール人と日本人とずっと一緒にいながら、変わらなければと思い、自分の壁を壊そうとする反面、壊すのが怖い自分と葛藤しながら日本に帰って来てしまった。
 私と誰かでは全く異なるパーソナリティをもち、日本人同士でさえ違いを理解することは難しい。国が異なれば、生きてきた道はもっと違う。自分の当たり前は、当たり前ではない。理解してくれるだろうという思いだけでは伝わらないし、先入観から自分の価値観でしか物事を判断できなくなってしまう。そうならず、相手の魅力を引き出すためには、何よりも自分の壁を壊し、相手にありのままの姿を知ってもらうことが必要だったと、ツアーを通じ、またネパールメンバーからのメッセージを読み返して痛感している。
 ネパールに行ったことで学んだことは数え切れないが、異なる環境の子ども達に出会って受けた衝撃とその子ども達の将来の夢について書きたい。
   Deaf school(聾学校)に通う子ども達と交流した際、音は聞こえるし、喋ることもできる社会的にはマジョリティのはずの私は、Deaf schoolにいる間は圧倒的なマイノリティだった。ネパール語を流暢に話せない私にとっては、珍しい日本人である私たちに必死に伝えたいようとすることを、表情や行動の全身から読み取ろうとした良い環境だった。ダンスやスポーツをしている時は言葉なしにコミュニケーションができて、本当に楽しかった。同年齢くらいの男の子たちと遊び、丁寧にサッカーのコツまで教えてくれた。言葉がなくても繋がることができる。笑顔で一緒に遊んでいる彼らは、私と変わらない学生である。しかし、聴覚に問題があり、ネパールで生活しているという差異が将来を左右してしまっている現実を感じたのが、将来の夢の話である。「将来の夢は何?」と聞くと、「わからない」「そんなものないよ」と自分の将来をどこか諦めたような表情をして、勉強しないと他の人には勝てないから、もっと勉強を頑張りたいと訴えてくれた。それでも中には、「サッカー選手になりたい」と紙に書いてくれた男の子もいた。自分で質問していながら、この後にうまく言葉をかけられないもどかしさを痛感した。Deaf schoolで出会った子供達の夢は、翌日に行ったShamrock Schoolで出会った、素晴らしいプレゼンをし、英語も堪能な優秀な子ども達とは対照的なものだった。(※Shamrock Schoolは外国人の支援によって運営されている小規模私立学校。経済的に恵まれないが学習意欲旺盛な子どもを選抜し全寮制で教育している。)
 時計がなく、自然と一体となったような生活を送ったシクレスでの3日間のホームステイ。JEEPで何時間もかけて登って来た場所にあるこの村では、全てがオーガニック、自給自足の生活である。ママとパパと一緒に暮らすホストシスターとブラザーの幸せそうな姿に何度もほっこりした。子ども達は、村の学校に通っているが、学校に行く前にはトーシャンクラスという学校に行く前にエキストラクラスに通っていることを知り、私は驚いた。そんなホストシスターの夢は、「研究者になること」。本当になれるかわからないと漏らしていた彼女であるが、私が同じ言葉を言う意味と訳が違う。シクレスでの生活の中で、貧困の苦しさを感じることはほとんどないくらい人々は温かく、素敵な村である。しかし、彼女のこの一言が、私の心を打った。ホストシスターの将来の夢も、ネパールで出会い、私に夢を語ってくれた子ども達の夢が叶うことを心から祈っているが、今は祈ることしかできない自分の無力さを痛感している。生まれた環境に関係なく、子ども達が将来の夢をもち、叶えられる社会を目指したいと改めて思った。
 「幸せとは何だろうか?」私はいつもこの問いについて考える。自分の幸せと人の幸せの尺度を測ることは難しいし、比べるものでもない。そう感じる瞬間が人によって様々であり、絶対的なものがあるわけではない。
 経済的に発展した環境で、手に入れようと思えば、欲しいものは手に入れられる今の私の生活。当たり前がいかに幸せなことかを見失い始め、今あるものには目を向けられずに、満ち足りない気持ちだけが増えていく。些細な幸せに、幸せを感じず感謝できなくなってしまってはいないだろうか。ネパールのスタディツアーでは、出会えた人々と、毎日に幸せを感じられる場所だ。笑顔で接してくれたネパールの人々、子ども達は本当に幸せなのだろうか。笑顔でいるから、幸せなのだろうか。次は私の壁を壊し、ありのままの私で、アクションを起こせるようになりたい。笑顔の先にある、人々の本当の気持ちの部分に寄り添えるようになりたいと感じた。

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